8月10日*きゃんでぃ*
「はぁ…疲れた」
人の集中力にも限りがあるのは当たり前。
それも特に望んで始めた事柄でなければ、余計に限界が訪れるのも早い。
「たくなぁ、オレこう言うの得意じゃないんだよ」
手にした書類にサインをし、既決の箱にポイと入れる。
後どれだけやればこの地獄から解放されるのか。
「そう言えば、雲雀さんは風紀委員時代からよくあの応接室で、同じような事してたよなぁ…」
尊敬に値する事だと思うが、人には向き不向きと言うものがある。
「オレには向かない作業だよこれ」
未決の書類達には申し訳ないが、力なく机に突っ伏してしまう。
「疲れたオレに、なんか癒やしとかないのかよ〜」
なんて呟いても癒やしが空から降って来る訳もない。
「はぁ…」
ため息を付いて、このまま少し寝てやろうかなんて考えていると、部屋の扉が少し開いてその隙間からちょこんと覗くかわいいお客様の姿に目が止まる。
「あ、癒やし…来た」
「ツナさん。こんにちわぁ」
扉の隙間からツナの様子を伺うように、名前はちょこんと顔だけを覗かせる。
その動きがなんだか小動物のように見え、突っ伏しながら力なく綻ぶ顔を名前の方へと向け、机にダラリと伸ばした手で手招きして名前を誘う。
『ほぇぇ〜!?』
力無いツナの姿に驚いて、名前はパタパタと近くに走り寄ると、机の端を掴みながら少し背伸びの体勢で手を伸ばし、ツナの頭を撫でる名前。
『ツナさん、だいじょぶぅ?』
心配そうにツナの頭をよしよしと撫でる名前に、ツナはヘラリと笑って返す。
「名前ちゃんは優しいなぁ。リボーンだったら、サボってんじゃねぇこのへなちょこが!!とか言われるんだよなぁ」
心配そうにする名前にありがとうと返すと、少し休憩と、名前を誘ってソファーへと移動する。
ツナの横にちょこんと座りながらもまだ大丈夫なのかな?と心配そうにする名前。
『ツナさん。つかれたぁってなってんのぉ?』
「ん?ちょっとね、ずっと机で作業してたからね…」
『……』
そう答えるツナの横で、名前はゴゾゴゾと服のポケットの中を探って取り出した物を前に差し出す。
「ん?」
『はいぃ。あげんね』
ツナの掌の上に取り出した物を乗せれば、それはカラフルな包み紙に包まったキャンディ。
手の上の可愛いキャンディを、マジマジ見詰めているツナに、ぴとっとくっ付きながら笑う名前。
『あんね、それね、すごーぉぉおいしい、あめなんだよ。それなめんとね、げんきなんの。ほんとうだよぉぉぉ』
元気になるキャンディだと自慢げに話す名前に、大袈裟なリアクションで「本当に?凄いなぁ」とツナが返せば、名前ははしゃぎながら早く食べてみてとツナにせがむ。
「でも、これ名前ちゃんの大切なアメじゃないの?オレが食べたらなくなっちゃうよ?」
流石に小さい子供のおやつを分けてもらうと言うのも大人として気が引る。しかし、名前はブンブンと首を振って返す。
『へーきよぉ。まだもっこもってんもん』
ポケットから同じキャンディと取り出して、『ねっ』と首をちょこんと傾けながらツナにそれを見せる。
「うっ。名前ちゃん!可愛すぎる!」
その仕草がツナの疲れた心に潤いをもたらし、思わず名前をギュッと抱きしめながら頭に頬ずりをしてしまう。
『ほぇぇぇぇ???ツナさんんん???』
突然の事に驚いてジタバタする名前だが、なかなかツナはその腕を放そうとせず、しばらく名前を堪能する。
「あーもう。可愛いなぁ。疲れた心に潤いって感じだよ。んーそれになんか柔らかし、名前ちゃんは、甘い匂いがするねぇ」
『うううう…くるしいぃよぉ』
ジタバタと暴れる名前を開放すれば、名前は『ほえぇ』と小さく息を付く。
ツナは笑って謝りつつ、名前の頭を撫でる。
『ツナさんげんきなった?』
「名前ちゃんを充電したら元気になったよ。あ、でも…とどめにその元気になるアメで更に元気になろうかな」
『うん。もーっとげんきなってねぇ』
ツナはキャンディを握る手を開くと、名前に一つお願いをする。
「あのさ、このアメ食べさせてくれない?」
『ん???』
ツナの希望がイマイチ掴めず不思議そうな顔をするが、ツナがキャンディを名前に渡しながら、「あーん」と声に出し、口を開けて名前の方を向く。
渡されたキャンディを見詰める名前は、んとぉ…と思いながらも包み紙からキャンディを取り出し手に持って、ツナの口元へと持って行く。
この部屋に二人きりというのをいい事に、ツナは自分の両腕を名前の背に回して包むように抱く体勢。
「ねぇ、名前に何させてるの?」
ツナと名前の甘い時間は、この不機嫌な声で虚しく消える。
「へ?わぁ!雲雀さん!!!!」
『あーっ。きょうやくん』
雲雀は超弩級の不機嫌な顔をしながら、ツナの側から名前を引き剥がす。
「名前に変な事、教えないでくれる?」
いつも名前といちゃいちゃしている雲雀だが他人が名前にするなどとんでもない話だと、怒りを露にする。
『きょうやくん。あんね、ツナさんね、すごぉぉぉつかれてんの、でね、げんきなるあめあげようとおもったんだよぉぉ』
なんだか怒っている雲雀に説明をしようとする名前に、雲雀は溜息を付きながら名前の目線まで屈み込むと、頬に触れる。
「そう…名前は、元気にしてあげようと思ったんだ。でもそんな事をしなくても、名前の代わりに僕が沢田を元気にしてあげるよ」
『??』
あくまでも名前には優しく微笑み、スッと立ち上がると鋭い視線をツナへと移し、すばやい動きでトンファーを繰り出す。
紙一重の所でその攻撃をかわすツナに、不敵な笑いをする雲雀。
「ワォ。元気じゃない」
「ちょっ、雲雀さん!急に危ないじゃないですか!」
「ふん。」
これだけの攻撃では物足りないと不満気な顔をする雲雀だが、ツナからクルリと背を向け名前に向き直る。
「ほら、凄い元気になったでしょ?」
『ほえぇぇ』
「元気じゃなかったら、あんなに早く動けないよ」
そう雲雀に言われれば、名前も素直に『そうなのかな?』と思って納得し、良かったと嬉しそうな顔になる。
『ツナさん。げんきなってよかたねぇぇ。きょうやくん、すごぉぉぉぉ』
自分のキャンディよりも凄い威力だと、尊敬の眼差しを雲雀に向ける。
そんな名前に、ガックリと肩を落とすツナは、そんな訳ないから…と、声に出せない突込みを心の中で呟いた。
まぁ、よくよく考えてみれば、名前が一人でこの屋敷に遊びに来る事はあまりないのだから、名前以外の連れがいると思うのが当たり前。
ついつい疲れた心を名前に癒してもらおうと油断したのが運の尽きというもの。
たまたまツナの屋敷の資料室に用があった雲雀が名前を連れて訪れ、調べものをしていた間にこちらに来ていたという事。
勝手に来て、勝手に用事を済ませた雲雀は
「全く油断も隙も無い」
そう言って名前を連れ、部屋を出て行こうとするが、名前は雲雀の横から、一瞬だけツナの方へと戻ると、ポケットから残っていたキャンディを取り出す。
『さっきのおっこっちゃったからぁ、これもっこあげる』
キャンディを手渡し笑う名前。
『とね、ツナさんがつかれたぁぁぁってなったらね、なめてぇ』
それだけ言うと、タタット雲雀の許に戻り、雲雀と手を繋ぎながらツナに手を振る。
ツナも疲れた笑いをしながらも「またね」と名前に手を振った。
短い時間に起こった慌しい出来事。
静かになった執務室で、ツナは大きく伸びをすると、また机に向かい残りの書類の山との格闘を開始する。
相変わらず単調な作業だが、さっきとは少し気持が軽いのは、可愛いキャンディがツナのヤル気を応援するかのように机の上に置かれているから。
それだけで、なんだか楽しい気持になったりする。
20100810
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