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‐I grow fond of you(黄瀬)‐



秋が近づいている。

綺麗な青空は夏の時よりも高く、空気は段々と冷え澄んだものへと変化している。柔らかく吹く風に戦ぐ木々の葉もあと1ヶ月もすれば、赤や黄に色付くのだろう。

その中で人々の心もまた、秋色に変化しているのではないだろうか。





「今日はまた一段と寒いっスねー。」





隣に歩く涼太が身を震わす仕草をしながら私に話し掛けた。私が横を向いて彼を見ると彼も私を見ていて必然的に目が合う。

寒いっスね、とまた私に笑いかける彼は本当は私の横に歩いているようなひとではなくて、もっと可愛い娘といるべきひとであるというのに、なぜ今こうして私の横を歩いているかというと先週の金曜日彼に告白されたからだ。



その日はたまたま帰るのが遅くなって、いつも徒歩のところ仕方なくバスに乗ることにした。

産まれて十数年、交通機関などにて痴漢にあったことは無くて周りの子たちが痴漢にあっただのという話を耳にすることはあっても、私には無縁だと聞き流していた。

もし私がその時、その子たちがどうやって痴漢の手から逃れたのだとか対処法を聞いていたら、バスで産まれて初めて痴漢に遇ったときも自力でどうにかできたかもしれない。

学校から一番近いバス停からの乗車から五分と経たないうちに臀部に違和感を感じ始めた。始めは荷物が当たっているだけだと思っていたけれど、抵抗しなかった私に味を占めたのか意志をもってその手が動きだしたときには私は恐怖と羞恥でがちがちだった。声に出して助けを求めたくても、声が出てくれない。

私は吊り革をぎゅっと握り締めた。
運良く私が降りるバス停は10分もすれば着く。しかし私の精神力はそれまで保ちそうになく、すでに私の目には涙が浮かんでいた。


(誰か助けて…!)





「コイツ、痴漢っス!」





私の臀部から感触が無くなると周囲がどよめいた。おそるおそる振り返ると頭上に二本の手があった。一つは捕まれた手、もう一つはその手を捕まえた手。
後者の手が私を助けてくれたのは明らかで私はそれが誰なのか確認しようと手から腕に視線を滑らせた。


その人こそ、今私の隣を歩いている黄瀬涼太だった。



この学園で黄瀬涼太のことを知らない生徒はまずいないと言って間違いと思う。私も少しなら彼のことは知っている。

まずモデルをしている。
身長が高くすらりとした身体に、ちょこんと小さな頭がのっかっているような。手も足も長くて、睫毛も長い。顔は文句なしにかっこいい。(というのを周りから聞いた。)

そして1年にしてすでにバスケ部レギュラー。
彼が男女問わず周知の存在に成り得ているのは、モデルもそうだけど、ここ海常学園のバスケ部でレギュラーというのが一番のポイントだろう。



痴漢を警察に引き渡したあと私はこのままバスに乗れる気分ではなくて仕方なく徒歩で帰ろうと下車すると、続いて降りてきた涼太が家まで送ると言ってくれたので甘えることにした。

しばらく歩いたところで彼が急に話し掛けてきた。





「俺、実は前から名字さんのこと知ってるっス。」

「、どうして・・・・私と話したこともないのに。」

「覚えてないっスか?」





彼は少し残念そうな顔をしてみせたあと、おもむろに話しだした。





「俺ってモデルやってるじゃないっスか。学校ではしてないスけど、校外では変装してるんス。帽子被って、サングラスかけて、これだけで大抵はバレないっス。」

「はあ。」

「んで、春に今日みたいにバスに乗ったっス。だけどその時は油断していて、変装しなかったんスよ。そしたらなんと、痴女に遇っちゃったんス。」

「痴・・・・?!」

「痴女っス。痴漢の女バージョンってところっス。」





私は歩みを止めて横に立つ男を凝視した。
その日彼は変装していなかった。彼の整った顔、プロポーションの良い身体、あと雰囲気。痴女とやらは多分それを嗅ぎとってか、もしくは涼太のことは雑誌を見て知っていたか、でターゲットに涼太を選んだんだろうと思った。

彼と目が合う。その目が緩やかな弧を描いた。





「名字さんが俺のコトを覚えてないっていうことは多分、偶然。たまたまだったんだろうっスけど、救ってくれたんスよ。」

「え・・・・」

「俺と痴女の間に割って入ってきたんスよ。もうその時の痴女さんの顔ったら、忘れられないっスよー。」





あの悔しそうな顔!と彼は笑った。
彼の言う通り、私には全く覚えがない。だけど知らないところで人助けをしていたかと思うと嬉しいしちょっと誇らしくて、私も小さく笑った。
しばらくして2人の笑いが収まると、彼がこちらに向き治った。どことなくさっきと雰囲気の違う彼は少し笑みを含んでいる。





「名字さんのコトも忘れられなかったっスよ。」





思わず固まった。





「あれからずっと名字さんのことが気になって、周りの女の子たちに聞いたら名前とクラスはわかったっスけど、どうしたらいいかわからなくて。だから今日はラッキーと思ったっス。名字さんには申し訳ないと思ったけど。」

「確かに最悪だわ。」

「すみませんっス。」





彼がどきどきしてる私に一歩近づいてきた。

一番に浮かんできた言葉が、ちくしょう、だった。汚くてごめん。だけど、仕方なかった。
悔しかった。
今の言葉ひとつで揺らいでいる自分がいる。これでは私が軽い女みたいではないか。





「とりあえず友達からってことで、よろしくっス。」

「私からは何もしないよ。」

「そこは大丈夫っス。俺からどんどんアタックしていくっスから!」





彼の背後では紫色した空の中で星が輝き始めていて、夕陽の残光が彼の髪を淡く黄金に輝かせていた。
だけど彼を眩しく感じたのはそれだけではないと思った。







I grow fond of you







「名字さん手繋ぎましょ。」

「え、手?」


差し出された手に手を重ねるとぎゅっと握り返される。


私の気持ちも着実に秋色へと変わっている今日この頃。








090928
title:ace


あきゅろす。
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