昨日彼と喧嘩した。久しぶりに派手にやってしまった気がする。といっても私が一方的にお皿投げつけたり、包丁投げつけたり、…酷い言葉を投げつけたりした、だけなんだけど。
部屋は惨々たる状況だ。白陶の皿の破片があちこちに散らばり、本棚代わりのラックに並べた本も、だいぶん欠けている。床には幾つか点々と赤い血がこびりついて、消えない染みを形作っていた。…物理的に考えて、この血痕は私のものだ。そう認識すると、急にじんじんと痛みを感じ出して、痛みを発する場所へ意識を集中させる。…右肘の外側に、すうっと切れた痕が見つかった。
「…あー」
もう嫌。マルコの年相応以上に冷静なところも、私の年に似合わない子供っぽいところも。なんだか無性に腹が立つ。マルコに?…いや、情けない自分に。
このままベッドに寝転がってもみんなに迷惑を掛けるばっかりなので、といってももう既に昨夜から掛け通しなのだが、いそいそと掃除道具を持ち出して、破片を掻き集める。
こびりついて離れようとしない血痕を無理矢理ごしごしと擦り、粗方落とし終わると、ふう、と一息額の汗を拭う。
「怪我は、…大丈夫かよい」
…戸口に背を凭れかけている誰かさんが私に言葉を投げかける。
「……」
私は何も言っていないのに、つかつかと奴が私に近付いてくる、気配がする。ことん。私の右側には、お気に入りの洋菓子店の白い箱。…ふん、やすやすと振り向くものか、絶対に。
「…おい、」
「……」
「…まだ怒ってんのかい」
「……」
「…まったく、」
「…きらい」
肩に今正に触れようとした彼の手が、びくりと震えた、気がした。ふん、いつも冷静で何事にも動じないくせに。昨日だって、なんで言い訳のひとつやふたつ、しようともしないのよ。
「きらいよ。何一つ気に入らない」
「…おい、」
「なんで!」
「……」
「何でこう、ああいう事するかなあ!自分勝手でしょう!」
「それは…」
「後先なんか考えて無かったんでしょう!!きらいよ!だいっきらい!!」
「…落ち着けよい」
「あんなの見せられて、落ち着いていられる人間がいたらその人間の顔を見てみたいわよ!!」
「………」
「あんな、弱っちい敵なんかに不意を付かれて、」
「うちの船員失格みたいな私を、庇わなくったって、いいっていってんの!」
「……」
「マルコが、マルコが居なくなっちゃったら、…わたし、どうすればいいのよ…!」
「………!
わるいことを、したよい」
「私の男ば、…誰よりも、強いんだがら」
うう。鼻水出てきた。ついでに、涙も。
「誰よりも、頼りになる男なんだから…!」
マルコの血を初めて、見た。紅い鮮血が、マルコには驚く程不釣り合いで、その瞬間、時が止まったみたいだった。誰しもが彼を見つめて、ただ一筋の風が私とマルコの間を通り抜けていった。凍った空気が果てしなく続いた後に、ゆっくりとまるでスローモーションのように斬りかかった相手が、どさり、とその場に倒れて、その後漸く蒼い炎がメラメラと燃え上がった。蒼と紅が綺麗に混ざって、その羽根はもうすぐ迎える、夜空に映える紫紺に染まっていた。
「誰よりも大切な存在なのよ!!」
「…ああ、わかってる」
「…べづに、マルゴにいっでない」
「…全く、どの口がいってんだよい」
俺の前では強がるんじゃねェ、それに俺は死なねェって、お前が一番わかってんだろい、自分の持ってた白のハンカチで私の顔を拭くマルコ。やだ。涙が止まらない。
「…俺の女はなァ」
「……?」
「人一倍気性が荒くて、」
「……!」
「人一倍心配性で、」
「………」
そのままごしごしと私の顔を拭き続ける。鼻もかまれて、もう、なんか、最悪だ。
「人一倍仲間想いで、」
「仲間が斬られたら後先省みずに突っ込んでいくような、馬鹿で、ホントどうしようもねェくらい、」
「………」
「最高の女なんだ。そんな女、俺がみすみすと失うと、思うかい?」
「…マルゴ」
「なんだよい」
「…ごめんね」
「…ん?なんでお前が謝るんだよい。これ、全部、俺の独り言なんだけど」
「…撤回する」
「…ははっ、それがいいよい」
「…ケーキ、食べる」
「ああ、好きなだけ食べろ」
「マルコの分も、全部、だべ…食べちゃうよ…」
「…ああ、いいさ、いくらでも、買ってきてやるから」
開き直れない。マルコがいなくなってしまったとして、私はそれを「海賊だから」と一言で切り捨てられる程、開き直れっこない。
…開き直れない事に、開き直ろう。
涙が、止まらない。
…ありがと…
…え?なんて?
……ただの、独り言。
これ
独り言なんだけど
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▼20100530
素敵企画サイト
「Antidote」提出。「開き直り」がテーマでしたが、開き直れているだろうか…!!主催者様、素敵な企画をありがとうございました。
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