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ベビーブルーのワンピース。私はそれを見つけると、ついつい手に取っては、眺めてしまう。挙句、店員さんの上手い口車にいとも簡単に乗せられて、また一枚それは、ぎゅうぎゅうに詰まった、私の部屋のクローゼットに仲間入りすることになる。
「毎度ありがとうございましたー!!」
…うん、でもいいのだ。私がそうしたいのなら、それで。
「あー!!お前またその色のワンピースかよ!懲りねェなあ」
「あ、エース…」
「お前の肌、黄色がかってんだからもっと、ほら、なんちゅうの?ピンクとかオレンジとか…暖色系にすりゃいいのに」
お前、案外可愛いんだからよォ、もっと顔が映える色を着ろよな、褒めているのかけなしてるのか分からないサッチの言葉が続く。なんでそんなに詳しいのかと問えば、俺は料理人だぜ?皿の盛り付けには人一倍うるせェこと知ってんだろ?という答え。ああ、そうか、盛り付けは色彩の微妙なバランスが命なんだと、常々サッチは船員に説いていたもんね。
…なんでかな。解ってはいるんだけどね、なんかいつの間にか無意識に手に取って、で、無意識に買ってるんだよね。
「…やっぱりそうかな」
ぽつり呟くと、やばい!言い過ぎた、とばかりに顔に出してあたふたと取り乱すふたり。目線がそわそわ上を向いてはせわしなく動いている。
「そんなことねェだろい」
「……え?」
がばっ、と声の方を振り向けば、そこには少しだけ眉間を寄せた、マルコの姿。…ああ、なるほど、二人があたふたしてたのは、マルコが後ろから近付いてきたからだったのか。
「…マルコ」
しっしっとばかりに右手を振って、マルコはエースとサッチを追い出した。ちぇっ、俺たちはだなァ、あいつの為を思ってだな、とかわいい言い訳を口にしながら、彼らは去っていく。…残されたのは私とマルコの、ふたりきり。
「…新しいワンピースか」
「…う、うん、どう?
似合わない、かな…?」
今日初めて下ろした事に気付かれて、つい、動揺が隠し切れずに声に込もった。似合わないかな、なんて見え見えの予防線を張った質問、マルコの答えはわかりきってる。
「似合ってる」
にこっとふんわりと優しい笑顔を返してくれる。わかってる。だけど、この笑顔を見たいから、姑息な私はあえて訊いてしまうのだ。
「…そ、そっか、ありがと」
つい、素っ気ない声が出た。自分で振ったはずなのに。だめだ、下を向かないとこの紅潮を彼に悟られてしまう。
「なァ、」
今度は彼の口から出た呼び掛けの声に、私は反射的に、ひょい、と顔を上げた。すると、なんとも目と目が合ってしまって再び頬が赤くなるのが分かる。…でも、その瞬間わかる。目と目が合った、なんて嘘。悪戯っ子の顔をした彼の瞳が笑っている。なるほど、わざと目を合わせて、私の反応を楽しんでいるらしい。
「…確かにエースの言う事は一理あるなァ。お前、なんでいっつもそれ買うときは、その色なんだよい」
ひらひらと私の着ているワンピースを指差し、にやりと笑って、彼は言う。…意地悪だ。そんな事、もう察しのいいマルコでなくても解っているだろうに。本人の目の前で、口にさせるなんて。やっぱり彼は、意地悪だ。
「…解ってるくせに」
「いや、解らんなァ」
「…意地悪なこと」
「で、なんでだよい?」
ふう、と息を吐いて、すうっと深く酸素を吸い込む。…うん、こういう事も、あってもいいかもしれない。だって今日の空は、このワンピースと同じくらい、真っ青に澄みきった、夏の空だもの。優しい潮風の、気まぐれに乗っかって、口にしてしまおう。
「マルコの事が、…好きだから」
「………」
「………」
さっきのしたり顔は何処に行ったのか、というくらいに目を丸くして驚く彼の顔を見ていると、まさか、と後悔がじわじわともたげだす。
「…俺の事が、…なんだって?」
「…いや、なんでもない…」
…いったいこの男はどんな答えを期待していたのだろう。今日は快晴。風も穏やか。でも私の心の中は、突然の夕立よろしく、暴風吹きぶさむ土砂降りだ。
「こら、ごまかすな」
「ごまかしてない」
…ああ!もう!穴があったら入りたいとは正にこのこと。…恥ずかしさで消えてしまいたいのに、聞こえなかった、はないでしょう?
「なんでもないったら」
「…何がなでもない、だ。言いかけたもんはちゃんと言え。気になるだろい」
彼が近付いてくるのがわかる。あまりの恥ずかしさに彼からそむけていた顔を、身体ごとぐっと彼の方に向けられる。
「で、俺の事が、なんだって?」
…乗せられた。彼の瞳が笑ってる。いったいどこからどこまでが、嘘なのよ。
「マルコは?なんでそんな事を訊くの?」
初めてかもしれない、彼に言い返したのは。
いっつも口が上手くて頭の回転が速い彼に、私は巧みに話をすり替えられる。私が質問に質問で答えるとは思ってなかったのか、今度こそ目を丸くして、彼は驚いた顔をする。
「…俺が?なんでこんな事訊くのかって?…そんな事、」
わかってんだろい、
今度は意地悪そうな顔をする代わりに、優しく私を見つめる。心なしか私を見つめる瞳が、いとおしそうなのは、私の自惚れ、かな?
「お前の事が、…好きだから」
肩に置かれた手がそっと背中に回ったかと思うと、私の視界は遮られて、ただただ少しだけ速い規則的な鼓動が聴こえる。背に回された手から、微かに振動が伝わってくる。あたたかい。その振動も、鼓動音も、彼の体温も、すべてがとても、あたたかい。
「で、なんでだよい?」
…懲りない人。
「マルコにこうやって包まれている気がして、幸せな気持ちに、なれるから」
本日3回目のびっくり。彼の目が見開いて、そして優しい瞳で彼は、言う。そうだと思ってた。
「今度は俺が見繕ったの、買ってやるよい」
あ、でも、
結局その色になりそうだなァ。俺もすきだからな、ベビーブルー。
なんだ、やっぱり解ってたんじゃない。まあ、私がこのワンピースを選んだ甲斐も、ふふっ、あったってことね。
ベビーブルーに
願った祈り
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▼20100530
素敵企画サイト「透明な森」提出。色と好きなものでお話を書くというコンセプトに惹かれ、参加させて頂きました。素敵な企画を立ち上げて下さった主催者様、読んで下さった方、本当にありがとうございました。
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