「夜桜がみたい」
暇を持て余しているのを見兼ねて俺が掛けた言葉の返事は、あまりに簡単に叶えられるものだった。
君と
夜桜と星空と
「えへへ、ここ一回行ってみたかったんだよね」
彼女に連れてこられたのは、桜並木が真っ直ぐに続く、綺麗な夜桜が観れるのにもかかわらずわりと人が少ない穴場の名所だった。
「桜なんて何処でも観れるだろい。遊園地とか買い物とか…付き合ってやるのに」
「いーの!私は夜桜が観たかったんだし、この島に来たら必ず観るって決めてたんだから」
そうやって少し足の速度を速めて彼女は俺の数歩前を行く。
「…そうかい」
俺も実を言えば桜が嫌いなわけじゃない。昼間の満開の桜もいいが、特に暗闇にぼんやりと浮かぶ夜桜が好きだった。
両側に薄桃色の桜が、その花弁を散らす。芽から離れたその花弁はひらひらと不安定に舞う。…無言。いつの間にか横に並んだ俺たちはお互いに何も言葉を交わさずに、ゆっくりと一本道を行く。
「ねぇ、マルコ」
「なんだよい?」
「何かお話しして」
くるくると舞う桜の花弁に見とれていると、名無しが言う。
いきなり振るなよい。何か話すったってなあ…
「…うーん、じゃあ、最近気になってる事とか」
「…大体分かるだろい。親父の体調とか、隊の連中のこととか…船の将来とか」
「…そうだよね。んーじゃあマルコが好きなもの!!マルコさんが好きなものは何ですか?」
「なんだ、その質問。俺たちは何年同じ船に乗ってると思ってんだよい」
「いーから!」
「…まったく」
普段はいつも名無しが一方的にその日あった面白いことや、大抵はエースかサッチのことだが、最近悩んでいることを話して、俺は聞き役に回っているから、いきなり俺の事を話せと言われると、言葉が続かない。
「マルコが好きな音楽は?」
「んーお前と俺じゃあ歳が離れ過ぎてて分からないだろうよい」
「私結構いけるよ?
ブルーハーツに、ピストルズ…」
「あ、それ最近話題になった本だよね!エースがマルコから借りるらしいじゃん。いいなあ。エースが読み終わったら次借りてもいい?」
「ああ、勿論」
「えへへ、ありがと」
「…これぐらいかねい」
「…そっか」
話もだいぶん尽きた。こんなに俺の事を話すのは久しぶりだった。少し話しすぎたかもしれない。
足元にひらりと桜の花弁が一枚墜ちた。それに釣られてふと顔を上げると、既に道は途切れ、行き止まりに来ていた。
行き止まりに在るのは…大きく暗夜にそびえ立つ薄桃色の大桜と、その前に手を後ろに組んで桜を見上げる名無し。
「帰ろっか、マルコ」
振り向いた彼女が言う。その姿は今にもこの桜の木に吸い込まれて消えてしまいそうな気がした。
来た道を引き返そうとマルコの横を通り過ぎる瞬間、腕を強い力で掴まれた。
「ひとつ言い忘れてた」
「え?」
「俺が好きなもの」
「…なに?」
「名無し、お前だよい」
「…一番好きなもの忘れてたなんて俺はどうかしてるよい」
照れくさそうにかりかりと頭を掻く。
なあんだ、
マルコには
お見通しだったんだ。
私がわざと
マルコが好きな夜桜が見たいって誘ったのも、
好きなものは何?って訊いてあわよくば…私の事も好きだよいなんて言ってくれないかちょっぴり期待してたことも、
行き止まりのあの桜の木の前で、私はマルコが好きだよ、って言おうとほんとは思ってた事も。
全部お見通しだったんだね。
全部分かってて、それでも忘れてたなんて嘘ついて私に気持ちを伝えてくれた。
そんなマルコだから、私は好きなんだ。
fin.
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相互記念反動形成/水島さまに捧げるマルコ夢。
桜の季節も過ぎ、もうすっかり葉桜になってしまいましたね。これからもよろしくお願いします!!
(20100418)
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