小雨がさあさあと降っているのが窓越しに見える。灰色の薄い雲がキャンバスに雑に塗りたくったように空に伸びていた。
キャラメリーこんな日に外に出る気になんてさらっさらなれない。それは目の前にいるこのおとこも同じな様で、わたしと彼はさっきから船内に大人しく引きこもってる。
エースとふたりきり。
食堂のテーブルを挟んで、穏やかで、静かで、平和な時間がエースとわたしのあいだをゆっくりと流れていく。
聞こえてくるのは、チクタクチクタクと時計の秒針が動く音と、エースのかさっと時折ページを捲る掠れた紙の音だけ。
わたしはこんな平和な時間が好きだ。
エースはずっとじいっと本の世界に入ったままだ。わたしはしばらく彼の黒くてクセのある髪や、可愛らしいそばかすや、端正な横顔をぼおっと見とれていたのだけど、わたしの視線に彼は気づいているのだろうか。
エースが今開いているのは、この前マルコに貸してもらったというノンフィクション小説だ。エースが実は読書家なんてびっくりでしょ?でも好きなんだって。
聞けば人気小説家の7年ぶりの新刊だからエースも心待ちにしていたらしい。お前もこんど読んでみろよとエースに言われたのだけど、エースにそう言われたら読みたくなるのはどうしてだろうね?
私が読んでいたのは空にある島に行った海賊の話とかなんとか。確かに空島が本当に実在していたら、間違いなく人生で面白い冒険談ベスト3には入るだろうな。まあ、私は今の人生そのものがいちばん面白いと思っているんだけどね。
エースの邪魔しちゃわるいと思ってみていただけだったけれど、あまりにもエースの反応がないからだんだんと私を睡魔が誘惑する。こくん、こくん。私はこの悪魔には逆らえない。
ボーンボーンと時計が時を告げる。ああそうだ、そろそろ夕飯の時間だ。エースが息を吐いて席を立ち上がる。
…もう限界だ。私は睡魔に意識を渡す代わりに、無意識の世界を手に入れた。
……エースが何か呟いたのだけは分かった。肩になにか暖かいものがふわっと置かれるのと同時に、私の頬に柔らかい感触が落ちてきた。
その感触を頼りに私は暗くて心地の良い無意識の底から浮かび上がる。
「こん…な…顔で寝てたら…ない…だろ?」
「…うーん…エース…」
「…プリン」
…プリンだ。柔らかくて瑞々しいこの感触は。
エースが私の髪をゆっくりと鋤いて、ふっと笑った。
わたしはこの微笑みの意味をまだ知らない振りをしてる。
thanx:バンビーノ伯爵
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