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「なあんで俺が」


こんなとこまで付いてかなきゃいけねェんだよ。頭の後ろに手を組んで、ぶうぶうと彼は愚痴をこぼす。いいじゃない、こんな夜更けに外出する羽目になった私の身をちょっとは案じたりしないわけ?


「お前はひとりでも大丈夫だろ」


流石に口にこそ出さなかったが、ナースだったらなァ…探し物の御供といわず宵までも、という彼の心の叫びはだだ漏れだ。計算高く現金な男、サッチ。


「だってマルコは忙しそうに船内を駆け回ってるから何だか申し訳ないしエースは熟睡していて揺すっても殴っても全く起きる気配がしないし、」


ジョズは隊員に稽古を付けて全然気付いてくれないし、ビスタは…ああ、わかった、わかったよ。延々と羅列する隊長達の名をサッチが呆れたように遮った。


「まったく、そんなに大事なモンならちゃんと無くさねェように、手のひらン中にでも握り締めとけ」


そんなの、わかってるよ。そう言い返したいのをぐっと堪えて代わりに深く深く溜息を吐いた。サッチの言う通りだ。大切な物ならちゃんと握ってなきゃいけなかった。私は大切にしていたエメラルドをあしらったネックレスの姿を思い浮かべる。買い出しから帰って、船に着いた時には既に無くなっていた。しかもマルコに指摘されてようやく気付いたぐらいなのだ。最近の私はどうかしてる。たぶんこの夏島の異様な程の熱気のせいだ。絡み付く湿気が私の体力と思考を奪い取って、頭が霞みがかったようにぼおっとする。もっと簡潔にいうと、あれだ、夏バテというやつだ。


「で、だいたいの目星は付いてんだろ?」


うん。…たぶん。私は必死におぼろげな記憶を手繰り寄せる。今日は久しぶりに島に上陸出来たから大人げもなくはしゃいで、エースを連れ回して帽子屋とか楽器店とか洋服屋とかとにかく色々と見て回って。もう疲れたという彼に仕方なくジェラートを奢ってあげた、その時は確かに私の首元でそれはきらきらと光を放って輝いていた。それからはもう船への帰路をただただ歩いてきたのだから間違いない、今サッチと逆走しているこの道のどこかでそれは私に拾われるのを待っているはずなのだ。


サッチが右手に持つランプの光がゆらゆら揺れる。灯された橙色の火が、私達ふたりの影を一段と大きく地面にゆらゆらと映す。時折遠くの森の奥から聴こえる獣のような叫び声。ギャアギャアと鳴く甲高いカラスのような鋭い声。海岸に打ち寄せる波の音が遠くにざざん…と聴こえてくる。夜も更けた。船の上ではもうそろそろ宴が始まって、みんなわいわい楽しくやっているんだろう。その日常の光景をありありと瞼に思い浮かべると、私達を包むこの深い闇が一段と濃くなった気がした。


「名無し、知ってるか?」


隣を歩くサッチの口元がよからぬ思惑を浮かべましたといわんばかりに、にたりと歪む。まったく、悪そうな顔。戦闘を吹っかけられて獣のように血走るマルコですらこんな意地の悪い微笑は浮かべないよ。


「ここら辺、「サッチ」


下らない事言う暇あったら探すの手伝って。厳めしく眉を寄せて彼の言葉を遮る。ちっ、つれねえ奴。悪態を吐きながら彼がその場にしゃがみこんだその時。


「…サッチ」


なんだよ、お前が探せっつったのにそんな所でつったてんじゃねェ。私を見上げる彼の名をもう一度呼ぶ。


「…サッチ…あれ」


あれってどれ?呑気に見当違いな言葉を繰り返しながら渋々立ち上がった彼の左袖を思わず軽く引っ張った。私が指差す方向を漸く振り返ったサッチは、なんとも間の抜けた声で私に言葉を返す。


「なんもねェけど?」

「うそ」


うそだ、まったくサッチは目が悪いから。再び凝視したその黒い空間には、先程私の視界に入ったそれは跡形もなく消え去っていた。


「まったく、人騒がせな奴」


ほら、行くぞ。右手にランプの火を揺らしたまま、彼は私を置いて先へと向かおうとする。彼の右手の橙色の炎がゆらり、揺らめいてだんだんと私から遠ざかっていく。それとは対照的に私の周りは仄暗い灰色の闇が纏わり付いてそれは段々と深くなる。ざわざわと何処からか大きく風が吹いて、ゆらり、私の目の前を通り過ぎていくのはサッチの右手にある橙色の炎とは似通っているが明らかに違う、先程のそれ。無意識に、小刻みに震えだすどうにもならない私の肩。すると、暗い暗い夜の森から、獣の鳴く声が、闇を切り裂くように一際大きくこだました。









「いつも果敢に敵陣に切り込んで、大の男達を踏み付けにして、」


「平然と銃をぶっぱなしてる女と同じ女とは思えんね」


「…なんとでも言えばいいよ。だからお願いだから今だけはこうさせて」


くすり。…可愛いやつ。
いつも鼻で笑う彼の、少し呆れたような、それでいて何処か穏やかな苦笑いが聴こえてきた。大きくて広いその逞しい背中に悔しいけれどほっと安堵する。ぎゅ、と握り締めた白いコックコートに幾重にも皺が寄る。


「…いつもこんなに可愛けりゃな」


…え?耳に聴こえてきた言葉の端々がただの音から言語としての意味をなす前に、思わず背から離れてしまった私の身体を軽々と引き寄せて、そのまま彼はぎゅ、と優しく、でもそれはそれは力強く私を抱き締めた。引き締まって分厚い胸板。暖かく律動する鼓動。枝垂れ落ちて私の首元をくすぐる彼の金色の髪。彼も‘男’である事を不意に痛感させられる。いつもより早い心音がやけに生々しく聴こえるのはきっと、この突然の出来事の所為だ。


「大丈夫だよ。お前には俺がついてる」


耳元で囁かれるいつもと違う優しい声音。それは柔らかく低く、私を包み込むように優しくて甘い。ゆったりと私の髪を撫でる、大きいのに繊細なその左手。どくん、どくんどくんどくん。心臓の鼓動がやけにうるさい。


「それに、」


「あれはただの蛍火だろ」


「ああそうか、蛍火、それはそうかも知れないけれど、…って、え?」


待って、今彼はあれを火の玉じゃなくて、‘蛍火’と呼んだ?


「次は青い炎でも出てくるかもなァ」

「……!」


すると、がさごそと茂みの中から枝の折れる音や木の葉が擦れる音。


「…エース…マルコまで…!」


許さない!私がこういうオカルトは血を見るより何よりも嫌いな事、知ってるのに!近寄ろうとした私の手首はぐっと掴まれて押し止められる。そのまま、見事に元にいた居心地の良い場所へと引き寄せられた。


「なあ、探しモンはあいつらに任せて…俺達は夏の夜のアバンチュールでも?」


するり、何とも器用に私の腰にサッチの手が回る。


「…なにがアバンチュールよ、このエロッチ!」


「なっ…!うぐっ!」






























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▼2010727
thanx 夏の庭
なんだこれは…!!笑エースとドライブハイの次はサッチとわくわく肝試しです笑エロッチやっと出せた…笑



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