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「マルコ」


白く糊の効いたシャツ。首筋に黒い一本のストライプ。薄いシャツの上から逞しい背中をつうっと撫でる。彼はくすぐったくないのだろうか。ぴくりと身動ぎもしないのは流石、ごろりと横になった私とは対照的に、彼は胡座を組んだまま遠くに浮かぶ入道雲を、ただただ見つめている。


「なんだよい?」


「あのね、」


言葉を区切ってわざと間を溜める。そして意を決して、大きく息を吸い込む。すると、私の異変に気付いたのか、彼は漸く振り返って私の顔をまじまじと覗き込む。


「こどもが、出来たみたい」


…へ?
彼は一瞬でも想像した事があっただろうか。いや、一度たりとも、なかったんだろう。いつもそれだけで敵を威圧するその鋭く斬るような眼付きも、今はただただ唖然とするばかり。付き合って今まで一度も見たことのないその表情に、たまらず私は吹き出した。


「ひどい顔」


「名無し、お前、それ…」


本当かい?訊ねる口調はおそるおそるといった感じだが、…驚いた。その瞳の中に、期待と歓びが揺れているのをありありと見て取れたから。困惑と面倒が浮かぶと思っていた私の予想を遥かに超えた、反応だった。


「名前は何がいい?」


喜びを抑えきれないと言わんばかりの表情。本日二度目のびっくりだ。私が知りうる限り、最高といえる程の満面の笑顔。


「いつ分かったんだ?今からだったら、そうだなァ、初夏か。夏生まれの名前ねい…」


私を置いてけぼりにして、彼はどんどん先を急ぐ。マルコって、こんな顔、するんだ。絶対に、いい父親になれる。柔らかく穏やかで、太陽の光のように眩しい、まさに幸せを描いたような家庭が私の脳裏に浮かび上がった。


後ろに両腕を組んで、ごろり、と私の横に並んだ彼が眩しそうに右手を広げて太陽の前に掲げた。夏真っ盛り、突き刺すような太陽の光を遮る五指が一際黒く縁取られた。


「エースもオヤジもビスタもみんな、喜ぶだろうなァ」


形どられた指をひとつひとつ数え折り、顔を綻ばせる彼等の表情を思い浮かべる。弟自慢ばかりしているエースはきっと、弟同然に可愛がるだろう。孫ができたんだ、オヤジなんてもう、甘やかしてばっかりだろうなァ。ビスタもずっと抱き締めて離さないだろうね。そしてあの髭で遊ばれても、ずっとニヤニヤしてるに決まってる。何の苦労もなく、ありありと思い描けるそう遠くない、未来。


「名前はね、マルコ」


そう彼の瞳を真っ直ぐに見つめてその名を伝えると、その深い藍色の瞳が僅かに揺らいだのがわかった。…あいつとおんなじかい。苦しそうに、辛そうに眼を伏せて反対側に身体を向けた彼の背中を、ぎゅう、と持ちうる限りの力で抱き締める。


「だからこそ、だよ。女の子でも男の子でも。幸多かれ、ずっと前から決めてたの」


いつもは大きくて広くて筋が通ったその頼れる背中も、今はほんの少し丸まっている気がする。それでもこうしてずっと抱き締めていると、彼の心音が右耳を伝って聴こえてきた。どくん、どくん。確かにここで動き、生きている命の存在を知らせている。彼は振り向かない。機嫌を損ねてしまったのだろうか。不安感を拭う為に伸ばした左手が、彼の鮮やかな金髪に届く前に、ごろり、不意に元に戻ろうとこちら側を振り向いた彼がその右手で私の髪を撫でる。


「髪はおれに似て金髪」


「鼻筋は…たぶんお前に似るだろうな」


すうっと人差し指で私の鼻筋を撫でる。きっと目は父親似だよ。そう言うと、それは困ったねい、苦笑しながら彼は私の髪をくしゃくしゃと混ぜる。


「私、マルコの顔気に入ってるんだけど」


ぷっくりと膨らんだ柔らかい唇をなぞりながらそう言うと、こんな真っ昼間から、誘ってんのかい。からかうような彼の目線に、にこっと笑って返してあげた。


「性格は、」


「明るくて、陽気で。あいつのようにずっと笑っていてくれるならそれでいい」


私の後を引き取って、彼が言う。ささやかな私の願いと彼の願いが同じである事に、私は嬉しくなってぎゅう、と彼を抱き締める。すぐに抱き締め返された両腕から、どくん、暖かく新しい命の息吹が聴こえた。











青い鳥に幸せを











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▼2010713




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あきゅろす。
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