[携帯モード] [URL送信]
ページ:1
こんな夜は一人でいるのが辛い。彼はきっとあの人の元に行ってしまった。私は愚かしい独占欲を持て余してたまらず彼の部屋をノックする。コンコン。コン、二回目のノック音が鳴り終わる前にギィと開く扉。彼はもう慣れっこだというように何も言わずに私を部屋に招き入れてくれる。いや、小さな溜息をひとつだけこっそりと吐いて、私を部屋に招き入れてくれる。


「ほら、これ飲め」


何も言っていないのに出てくる温かいココア。彼は決して甘いのが得意という訳ではないから、やっぱりこれはこうして泣きつきに来る私を慰める為という事だろう。陶器のマグに湯気が白く上がるこの優しさを、私は何度飲み干しただろうか。


「またエースはあの女んとこかよい」


直接的すぎるマルコの物言いにぐさりとなにかが突き刺さる。胸が、痛い。確かにあの人は綺麗で艶めかしくてスタイルもよくて。何一つ私が勝てるものなどない。でも、エースはきっとただの遊びの駒の一つに過ぎないのに。そしてエースもそれを分かっているはずなのに。彼の心まで奪っていくなんて。ひどい人。


「お前、まだ自分の気持ちを伝えてねェのかい」


暗に早く言っちまえ、と言われていることぐらい分かってる。でも、いやだよ。今私が何を言っても相手にすらしてもらえない事は私が一番よく分かってる。


「はあ…。言われて気付くことも、意識し始めることだってある。結果はどうであれ、あいつに自分の事を想ってる人間がいるって事を分からせてやるだけでも十分効果はあんだろい」

「マルコは大人だから…そんな風に割り切れればこんな思いしなくても済むよ…」


あァ、そうだなァ、よしよし。思わずしがみついたマルコのシャツに皺をつけて自分勝手な台詞ばかり叫び続ける。そんな私の頭をマルコがなだめるようにゆっくりゆっくり撫でる。あ、やばい。やだ。わたし、泣きそうだ。

片想いでしかないから、私が彼の行動を拘束しようなんて間違ってる。そんな事ぐらいよく分かってる。それでも分かってるはずなのにこうして耐えきれずにこの部屋に来て涙を流すという事は私は本当は分かりたくないんだ。なんて身勝手な。それでも締めつける胸の痛みと頬を伝う涙は止まってくれそうにない。なぜ、どうして、私じゃないんだろう。なぜ、私はこんなに狡くて臆病なんだろう。ふつふつと沸き出る黒い嫉妬心に呑み込まれてしまう。いや、いっそ呑み込んでくれたら楽になれるのに。


「また泣いてんのかい」


私の背を擦る大きな手は変わらない。どうして、マルコを好きにならなかったんだろう。マルコだったら、どんなにか救われることだろう。暖かく包みこむようにいつでも受け止めてくれる、いつだって一人のひとを想ってくれるマルコだったら。


「マルコを好きになれたら幸せだったのに」

「…ああ、そうだよい」


…え?擦られる背も暖かく打つ鼓動もなにひとつ変わっていないのに。さりげなく発された断定の言葉だけは私の耳を通り過ぎることなく留まった。


ゆっくりと私の背を擦る手が止まった。彼の胸にすっぽりと入りこむ形になっていた私の両腕を掴んで彼は私に顔を上げるように促す。悲しそうな諦めたような色々なものが複雑に混じりあった眼をして彼は私の涙の跡を親指で拭う。


「俺だったらよかったのにな」


それが意味することを私はようやく察して、私の瞳からまた、ぽたりぽたり小さな水滴が溢れ出しては墜ちていく。決して恋愛感情という訳ではない、それでも包みこんでくれる優しさ。どうして、わたしはこの人を選ばなかったんだろう。











真っ白な部屋











――――――――――
▼2010702
thanx:ガゼル



[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!