「あーあ、どこか遠くへ消えてしまいたい」
誰もいないオフィスで独り呟いた。
片道切符を、
ユートピアまで。「どこへ?」
頭上から聞こえたのは聞き慣れた落ち着いた声。振り返らずともわかる。マルコ部長だ。
「う、わ。きかれてしまいました?」
…ばっちり。そう笑いながら、マルコ部長は私の机の上にどっさりと大量の書類を置いていった。
「え…?今度のGW、私有給使わせていただきます、とお伝えしませんでした?」
「無理だよい。3日後に遠方のクライアントとの打ち合わせが入った」
…嘘でしょう、部長。
私はこの休みのために何度徹夜したと思っているのよ。
「今が頑張りどころだろい。このプロジェクトが成功したら、お前の社内での評価も確固たるものになる」
確かにそれはそうだ。
入社して5年目。初めてのプロジェクトリーダーとして任された大きな仕事。必ず成功させたい。
私が勤めているのは、業界ではそれなりの規模の広告代理店だ。この不況の中でも、緻密な計画力と、斬新な企画提案を買われて、地道にクライアントを増やしてきた。最大手ほどの派手な打ち方はしないけれども、私はこの会社の雰囲気に惚れこんで、第一希望として入社したのだ。
ぶうたれた顔で置かれた書類をぱらぱらとめくる。アパレル会社の新規ブランド立ち上げについてのようだ。
ブランドイメージの方針や、イメージカラー決定の色彩表、モデル候補名簿などが大半で、読み切って再構築するためには、また会社に泊まる日々を送らねばならない。
「どこに行くつもりだったんだい?」
え?と声のほうを見ると、ちょっと呆れたような、でも同情するようなマルコ部長の顔が見えた。部長職といっても、まだ若い。わたしと8つか9つぐらいしか変わらないのではないだろうか。
「北海道です」
「北海道、ねい」
なんでまた、と問われそうな気がしたので、
「わたし、福岡出身なんで」
と先回りして答えた。
「部長はいいんですか?家族サービスしなくって」
若干の不満が声に滲み出ていた、気がする。部長が悪いわけじゃないのに。完全に八つ当たりではないか。部長は信頼しているから、どうしても甘えみたいなものが出てきてしまう。
「…今はいないよい」
え?
だって手帳にはさんであったのに、奥さんと小さい娘さんと3人で仲良く笑った写真。
時々日程を確認する部長の手帳から、見えてしまっていたのだ。
私の心の声が聴こえたのか、続けて部長は言う。
「離婚、したんだよい。…6年前に」
う、わ。
今度こそ墓穴を掘ってしまった。というか私、部長の一番触れてはいけないところをずかずかと土足で触れてしまった。
「…ごめんなさい」
「お前が謝る必要はねえだろい。それにもう過去のことだ。気にしちゃいねえよい」
嘘だ。ぜったい嘘。
だって今現にマルコさん哀しそうな瞳をしているじゃあないか。
焦る。
何か話題を変えないと。
「マ、マルコ部長は出身はどこなんですか?やっぱり南のほうですか?」
「…おれの頭みて言ったろい」
「…いえ、全く」
「…北海道」
「へ?」
「だから、北海道」
「…え?北?」
「そう。最北の地」
「…意外」
「…よく言われる」
「え…?じゃあ奥さんとは…?」
「高校の同級生。お互い北海道出身」
…そうだったんだ。
って、あ、私またなに訊いてるんだろ。人のかさぶたを剥がすようなものだ。最悪だ…。
「あ、ご、ごめ「付き合ってやろうか?」
「へ?」
「北海道観光」
「?」
「3日後の出張、北海道だから。
クライアントの打ち合わせは午前中に終わるから、その後お前が行きたかったとこ、行けばいいだろい。…まあ、日帰りになっちまうけど」
あ、気にしてくれているんだ。私の休みのことと、また謝ろうとしたこと。
なんだか申し訳ないような気まずいような、でも嬉しいようなきもちがいろいろと混じり合って広がって、言葉がでてこない。
「嫌ならいいんだが」
「時計台と、」
「……?」
「蟹の海鮮鍋に、宗谷岬に、」
「白い恋人も買って帰りたいです、あのホワイトチョコだけは弟が食べれるんです」
そんなに回れねえよい。
ふふふ、とマルコさんが笑って、その瞬間に3番乗りの社員が部屋に入ってきた。
今日も忙しい一日が始まる。
Fin.
Title 青白紅
1100rec.マコトさん、ありがとうございました!ほのぼの現パロマルコということでしたが、もしかしてもしかすると、原作パロのことだったらすみません!!現代パロの方は、会社の上司として書いてみたかったのですが、この会社、ゆるすぎですね…。マルコがちょっと未練あるとことかが逆に人間くさくてよかったかもしれません。
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