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今日という日の為に何度私は傷を作っただろうか。慣れない包丁を片手に、鮮やかに熟れた苺を薄切りにして、その赤よりも濁った赤を流しては、マルコに心配されエースに馬鹿にされ。血液型通り大雑把な私も、このときばかりは言い付け通りきちんと目盛り一つ分も違わずに計りきった。いつも彼が口を酸っぱくしてそう言っていたから。

毎晩毎晩こっそりと練習した、エースにはあとで試作品をたんまりとあげるからと言いくるめ彼が来ないか見張ってもらいながら。マルコには親心というお人好しに甘えて、レシピの手順通りにきちんと進んでいるか確かめてもらいながら。

迷った末の結論だった。本当はもっと彼が喜ぶようなもの、例えば前から欲しがってた有名メーカーの鍋、とかいつの間にかトレードマークになったスカーフの色違い、とか最近興味を示し出したカクテルの作り方を網羅してる分厚い本、とかそういう方がいいんじゃないか、とか。あくまで参考として、と言い訳して相談したマルコから貰った「どんな男でも、女の手料理が一番嬉しいに決まってんだろい」という言葉が無かったら、やっぱり自分には無理だと諦めていただろう。それぐらい彼の料理に対する情熱だとかこだわりだとかは私が一番分かっているつもりだったし、今もそうであるという自負はある。

威勢のいい音がしてオーブンがお待ちかねの結果を知らせてくれる。この瞬間が一番緊張する。なんどやっても結局納得いく仕上がりにはなってくれなかった。今回はどうだろう。彼が作るそれと同じとまではいかなくても、口にして貰える程にはなっているだろうか。エースにはお前の理想が高すぎんだよ、と笑われてしまったけれど、だってやるからには完璧を目指したい。美味しいと笑った顔が見たい。

恐る恐るまだ熱のこもるその内側を覗き込む。ふっくらと膨らんだそれがひょっこり顔を覗かせる。…今までで一番良い出来だった。表情に出てしまっていたのだろうか、私の顔を見るなりオーブンに頭を突っ込み、やったな!とエースが無邪気に笑って、その様子を見ていたマルコが、よかったなァと安堵の表情を浮かべる。ありがとう、口にするその顔が綻んでいるのが自分でもよく分かる。よかった。山場を越えたとはいえ、まだ気を抜いてはいられない。熱を帯びたスポンジを冷ましながら最後の仕上げの準備をする。ショコラ、モンブラン、フルーツタルト、紅茶のシフォン。色々と彼が好きそうなスイーツたちが頭に浮かんだけれど、やっぱり王道を行くことにした。苺のショートケーキ。シンプルだからこそ、伝えたい。いつもありがとう。そしてこれからもよろしく。純白のクリームの甘さに私の気持ちも乗っかって伝わればいい。大丈夫、彼はきっと気付いてくれる。

一口食べていい?律儀に質問するエースに笑顔でだめよ、と返しながら生クリームを泡立てる。代わろうか、と申し出てくれた優しいマルコには申し訳ないが、ううん、私がやりたいの、そう言うと、そうかい、と穏やかに微笑んであっさりと彼は引き下がった。泡立器で丹念に角が出るまで混ぜ続ける。くるくる、くるくる。部屋の温度は充分に下げているはずなのに、じわり、額に汗が滲む。彼はこうやって私たち全員の料理を作っているのだ。なんとなく彼の気持ちが想像出来る、みんなが元気でいられるように。笑顔でいられるように。ご馳走さん!と嬉しそうに食べ終わった笑顔を思い浮かべながら彼は熱い厨房で汗を滲ませて、作ってくれていたんだ。

漸くクリームが出来上がった。上から軽く落としてみても、充分角が立つ。塗りやすいように冷蔵庫で軽く冷やす。冷めたスポンジはもう美しく飾り立てられるのを今か今かと待っている。

エースがさも物欲しそうな顔をして必死にクリームをつまみそうになるのを我慢している。なあ、名無し、そういやなんで今日なんだよ?今日なんかあったか?まあ、彼がそう疑問に思うのも無理はない。今日が何かの記念日という訳でもない。ましてや彼の誕生日という訳でもない。何の変哲もない、よくある一日だ。でも、だからこそ、今日みたいな日に贈りたかった。平凡だけれど幸せな一日を支えてくれている彼に、ありがとうと言いたかった。そういうとエースは、へへっ、そりゃいい考えだ、とにこやかに笑った。

いよいよ最後の仕上げに入る。クリームをケーキの上にたっぷりと乗せて、薄く平たく伸ばしていく。時間との勝負。手さばきもそれなりになったもんだなァ、さっきから始終微笑みをたたえているマルコに短めの返事しか出来ない。ホールの真ん中には取れたての苺をたくさん乗せて。光沢を出す為に、少しだけ水飴を掛ける。お化粧をさせられて嬉しそうにはにかむ乙女のようにキラキラと輝く苺達に、美味そうだと笑うエースの表情にほっと安堵する。

出来た。額に浮かんだ汗を一拭い、そう宣言すれば上出来だなァ、おれも食いてェ、マルコとエースの後押し。じゃあ俺は今日の主役を呼んでくるかね。マルコが席を立って彼の部屋に向かう。きっと大喜びだぜ、なんたって名無しの手作りだもんな、エースの何気ない一言に今更恥ずかしさが込み上げてくる。口に合うだろうか、材料は間違えていないだろうか、美味しいと喜んで貰えるだろうか。こちらからプレゼントするのに笑顔の見返りを求めるなんてきっと図々しいのだろうけど、でもやっぱり緊張と期待がないまぜになって込み上げる。

そうこうしている内にケーキは適温に冷え、マルコが彼と連れだってやって来た。彼はお風呂上がりだったのだろう、上機嫌に鼻歌を口ずさみながら、よお、名無し、どうした?俺を呼び出しちゃったりしてまさか、と軽口を叩いている。うん。この憎めない明るさが、好きなんだ。日頃料理してる時の真剣な表情も好きだけれど。要するにどっちの彼も、どんな彼でも、やっぱり私は好きなんだ。

エースとマルコが神妙な面持ちで私を見詰めている。私の緊張が伝染したのだろうか。それに気付いたのか彼も、どうしたんだよ3人共、今にも世界が終わるような顔してんぞ、といぶかしがる。ゆっくりと彼に近付いて椅子をひとつ引くと、ここにどうぞ、と腰を下ろすように促す。疑問符が浮かんだ顔をしながらも、素直に黙って彼は椅子に腰掛けた。


「サッチ、これ…」

「もしかして、お前が作った?」


さも世界が終わるような驚き具合に三人で顔を見合わせる。サッチの素っ頓狂な一言に緊張が解けたのかそうだぜ、エースが口を開く。こいつはなあ、ずっと毎晩毎晩、エース待って、何も言わないで!慌てて遮った私にぺろり、わりィわりィ、つい口が滑っちまったと舌を出す。いただきます、と身を差し出してくれた生き物達に丁寧に挨拶をして、すうっと彼の繊細な指に添ってフォークがケーキを貫く。先程までの表情は嘘のようなその真剣な'仕事'の顔に思わず緊張が走る。どうだいサッチ、味の方は?じっと彼の方に目を向けていたマルコが問う。ごくり、私は緊張が張り詰めてもう何も言えずにただただ固唾を飲んで見守った。もぐもぐと口を動かすばかりの彼に痺れを切らしたエースがたまらず問いただす。


「…どうなんだよ、サッチ」

「固い」

「…へ?」

「固過ぎる。お前勢い余ってクリーム泡立て過ぎたろ?」

「あとパウンドも。膨らみが足りてない」

「サッチ…。こいつも不器用なりにえらく頑張ったんだ。そんな風に言ってくれるな」

「いや、いいよマルコ」


フォローに回ってくれたマルコを制止する。いや、しかたない。分かってたことだもの。サッチが口にしてくれただけでじゅうぶん、


「でも、」




「今まで俺が食った中で、一番美味いケーキだ」


ありがとよ、フォークを持った手と逆の手で、笑顔でポンポンと私の頭を撫でる。


「あ!!サッチが泣かせた!」

「ったくお前は。もうちょっと言い方ってもんがあんだろい」


へへへっ、と照れ笑いしながらがしがしと頭をかくサッチ。そのまま目が合うとまっすぐ私を見つめて、ありがとな、再びそう口にした。


「サッチのばか」


わりィ、わりィ。そう謝る彼に、いつもありがとう、と伝えれば、満面の笑顔がより一層眩しく輝いた。












ストロベリー

オン・ザ

ショートケーキ














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▼2010629
(おれも食っていい?)(だめ、これは俺のなの……ってこら!エース!)(…うわ!なんだこれ、しょっぱ…)(エース、食いモンを侮辱するってことは作り手を侮辱することと同義だ)(う…美味い、美味いよサッチ)(どれ俺にも…ふーん。なるほどなァ、愛だな、愛)(ばっ…!マルコ!馬鹿なこと言ってんじゃねえ!)


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