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彼の部屋で着替えようと服を脱いだら、お前ちょっとはわきまえろよと彼に言われた。橙色のランプが薄暗い部屋の中でゆらゆら揺れて、その下のベッドを仄かに照らす。どうして?別に隠すものもないじゃない、とあられもない返事を私は返す。そういう問題じゃない、と言い返される。そのまま彼は私の背後に回り、ランプに照らされたするりと逞しい両腕を背中から廻す。私の白い肌とは対照的な、海で生きる男らしい、健康的に日に焼けた肌。ぎゅう、と私を抱きすくめ、彼は私の右肩にずるずると顔を埋める。エース、どうしたの?と私は問う。なんでもねえ、彼はそう返す。いつも、そう返す。


火が灯ったように、背中が暖かくて心地よい。私は彼の固く巻き付いた腕を器用にほぐして、彼と向き合う。彼の瞳が私の拒絶を感じて僅かに揺らぐのを、私は見逃さない。拒んだりなんか、しない。何処にも行ったりしない、言葉にしては嘘になってしまう気がして、口にする代わりに、彼がそうしたのと同じくらい強く、彼を抱き締める。強く、強く。


なんて強くて逞しくて、儚い背中だろう。同じように強く抱き締め返す、隆々とした彼の背中をゆっくりと撫でながら、私は思い出す。夜が怖い。或る時同じように彼が私を求めて、私も同じように彼を求めて、彼が発した言葉。夜が、こわい。なんとなくだけど、彼が云いたい事が分かった。明日が来るのが、怖い。いやもっと正確にいえば、今日が終わるのが、怖い。


撫で続ける背中が、規則正しくゆっくりと上下する。今日が終わるのが怖いなんて。今日がいつの間にか終わってしまっていて、いつの間にか新しい'明日'が来て、そしてそれをくるくると未来永劫繰り返す。繰り返して繰り返して、そして気付かぬうちに私達は、




柔らかい黒髪が私の頬をくすぐる。聞き取れない程小さな寝言を発して、あとは静かに寝息が刻まれる。私はこの腕の中にある暖かな鼓動を、いつまで抱き締められるんだろう。


自分の身体を起こして彼を横たえる。穏やかな寝顔にそっと手を伸ばす。端正な額にひとつだけキスを落とす、おやすみ、を投げかけて。




まだ夜明けは来ない。彼と私の、夜明け前。









夜明け前









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▼2010614




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