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夜がきらいだ。

正確にはきらいじゃなくて、こわい、かもしれない。夜がこわい。明日が何の変哲もなくやって来るのが、こわい。今日が過ぎ去って明日がやって来る。俺はまだ今日を生きていない気がして、今日を感じようと日付が変わってもずっと起きている。眠れねえんだ。

眠れない時は大抵星空を眺めに甲板に向かう。暗い海にざぶん、と波が打ちつける音が聴こえた。誰もいない甲板でひとり星を眺めていると、大抵ろくでもねえ事ばかり考える。弟のこととか、昔のこととか、あの頃が懐かしい、とか。


「エースさん、奇遇ですね」


今日はどうやらひとりではいられないようだ。甲板には既に先客がいて、星空を眺めている。俺が毎日そうしてるように、柵に凭れ掛かって。


「眠れねえのか」

「はい。エースさんもですか?」

「ああ」

ふたりで並んで甲板の柵に腕を預ける。ひとりで星空を眺めるのを、俺は密かに気に入っていたのだが、別に今は悪い気はしない。


「今日は曇ってますね」

「ああ、そうだな」

「いつもはあっちにカシオペア座が見えるのに、」

彼女は途中まで言葉を繋いで、その言葉は途切れた。あ、流れ星。途切れた言葉の代わりに、小さく呟かれた言葉。


「え?」

「エースさん、流れ星!何かお願いしないと」


彼女が指差す方角を見ると確かに、ひゅう、とたくさんの流れ星が夜空を横切って光を発している。俺は長いことこうしてずっと夜空を見てきたが、流星を見かけたのは初めてだった。しかもこんなにたくさんの。

彼女は両手を組んで俯き加減でなにやら祈っている。組まれた両手はかたい。その横顔が流星のように青白く儚くて、俺は彼女が目を開けるまでなんとなく目が離せなかった。


「お願い、しました?」

「え…ああ」

「そうですか」


ふんわりと彼女が笑う。流れ星の光が空中の塵に反射して、プリズムのようにさまざまに乱射する。まるで打ち上げられた花火が反射する、赤や青や緑の光が、彼女にも俺にも映っては消える。


「今日は流星群が見える日だったんだな」

「そういえば今朝の新聞で記事になってました」


左端に、少しだけ。彼女は苦笑しながらそう言った。みんなを起こせばよかったかな、とも。

…いや、いいんじゃねえか?あいつらはそっと寝かせてやったほうがいいよ。俺がそう返すと、そうですね、また苦笑して彼女は微笑んだ。淡く、薄い。いいんだ、今日が終わるのを彼奴等が見届ける必要なんてない。
俺ひとりで、十分。


「お前もそろそろ部屋に戻った方がいいんじゃねえか。眠れなくても、目瞑って横になるだけでも充分疲れは取れるっつうから」

「ええ…そうですね、」

でも、もう少しだけ。
そう言いつつ彼女は甲板から離れようとしなかった。結局俺達はその後一言も言葉を交わすことなく、最後の光が燃え尽きて果てるまで、流星たちを見送った。最後の星が尾を引いて通り過ぎていく頃には、いつの間にか空は薄く白みがかっていた。もうすぐ朝が来る。


「朝が、来ますね」

「ああ」


エースさん、知ってました?彼女は少し寂しそうな笑みを浮かべて俺のほうに振り返る。今日、あと少ししたら、此処から東の方角に、彼女が途中まで紡いだ言葉はまた途切れた。指差したほうに目線を向けると彼女はまた儚げに笑って言う。


「一年で一番綺麗な朝焼けが見えるそうですよ」


…ああ、ほんとだ。そんな間抜けな言葉しか口に出せなかった。白い閃光を辺り一面に撒き散らして。数時間前までの暗闇が嘘のように、地平線の端から端まで真っ白に染め上げて、朝日が昇ってくる。


「今日がまた、はじまりますね」

「ああ、そうだな」


早く横になって休まれてくださいね、今日も隊長さんは忙しいんですから。彼女は笑って甲板から去っていった。今日が終わって、明日が来る。でも今日は明日が、来なかった。昇りゆく朝日に背を向けて、俺は横になるために部屋に向かう。規則正しく寄る波が、船に打ちつけられて、砕けていく。今日は久しぶりに、よく眠れそうな気がする。









流星群









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▼2010614



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あきゅろす。
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