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はらり。


茶色がかったベージュのコートが夜風にはためく。すると、頭上からバサバサと羽音がなり、次の瞬間にはとん、と白鳩がその肩に乗った。


長い任務が終わった。私達は漸く帰ることが出来る。…帰るって、何処に?帰る場所なんてものは、もう、とうの昔に捨ててきたはずなのに。


「後始末をしたらすぐに戻れ」


「…了解」


私は懐のマッチ箱から一本マッチを取り出すと、しゅっ、と音を立てて小さな炎をその先に灯した。たとえ暗黒の広がる空であっても分かる。肌に触る感触や、地面から締め付けるように立つ湿った匂い。あと20分もすれば雨が降る。それまでに此処を燃やして、私達が'存在'していた事を消してしまわなければならない。


カウンターに無造作に置かれたままの新聞紙にマッチを近付けると、瞬く間に炎は広がっていく。壁を沿い、木製の床を這い、私達の存在を証明するものたちが消えていく。


紅い炎はあっという間にその身に全てを包み込んで、全てを無に還そうとしている。ほんとうに、あっという間だ。貪欲に、欲望に忠実に全てを燃え尽くすその炎に、私は暫く、ぼうっと見とれていた。その光景は今までに目に映した全ての情景の、どれよりも綺麗だと、思った。



「…何をしている。急ぐぞ」



カツンカツンと響く靴音と共に、後ろから冷たく突き放す低い声が聞こえる。



「…ねえ、ルッチ」


「…なんだ?」


「ルッチの夢って何だった?」



「…愚かな事を訊くな」



暗躍する'闇の正義'。
これ程私達を表すのに相応しい言葉もないだろう。



「ルッチ」


「……なんだ?」


「私は昔から'ここ'で活躍する日を夢見てた。たとえその名が公には知られなくとも、最も忠実に正義を遂行するのは私達。たとえ世界に私の名が知られずとも、'私達'の存在は絶対正義として知られる。私は'特別'だ、と思ってた」


「……大層な野望だな」


「ははっ、そのとおり」



暗闇でも分かる。ルッチは私の背後から微塵も動かない。…空が近い。もうすぐ雨が降る。



「…でも、なんでかなあ」

「今はただ、この日常を守るのも悪くないと思ったんだよね」



ぽつり。


顔を上げ空を見上げると、ぽつ、と雫が一粒、私の顔に墜ちた。…ほら、雨が降りだした。



「それは我々の前から'消える'ということか?」


「ううん、そうじゃない」


「……?」


「カリファのスカートに赤面するパウリーをからかったり、

アイスバーグの髪型を真似してみたり、

ブルーノの酒場で大金賭けて飲み比べしたり、

カクとどっちが月歩速いか勝負したり、


毎日毎日一艘の船を作り上げたり。



は、そんなのぜんぶ、嘘。


…たださ、こうやって、ただひたすら任務をこなすうちに、偽りの'わたし'として生きていくうちに、出会った人間との、何でもない日常すら、こうして、任務の'後始末'をルッチと見ている日常すら、ちょっと愛しくなっただけ。ただ日常を生きる、それもいいなあ、と」






「…ふん、ただ情が湧いただけだろう」



暗闇でも分かる。ルッチはくるりと私に背を向けて、…私が立ち上がるのを待ってる。


降りしきる雨が全てを洗い流す。偽りの'わたしたち'だったけど、「自分を偽り生きていた」私達が此処にいた事までは、消えないだろう。



さよなら、
海に浮かぶ水の都。



さよなら、
此処で生きていた'わたし'。



立ち上がり、ポンポンとスーツについた灰塵を払う。コツコツと音を立てて進むルッチの背を追いかけて、ふと振り向くと、造船所は黒い灰となってぱらぱらと燃え朽ち、くすんだ煙が立ち上ぼりはじめていた。



漆黒の闇に、橙色の火炎がくっきりと浮かび上がっていたのを忘れないようにと、私は暫くの間瞳に残像を刻みつける。





この炎が燃え尽きる頃には、私達はもう此処にはいない。









fin.
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▼20100518
ヒロインに沢山喋らせないと伝わらないという中二病的小説。ルッチもなんだかんだ言ってW7のみんなに情が湧いてたと思う。


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