ねえ、振り向いてくれる可能性が微塵もない男を落とすにはいったいどうしたらいい?
大人。余裕。冷静沈着。いつも私は肩透かしにあう。恋愛感情を抱いてもらう以前に、きっと恋愛対象としてすら見てもらえていない。私の願いが叶う可能性は限りなく零に近しい。
「今日は宴だァ!!」
「アッハッハァ!!こりゃ笑えるぜ!エースもっとやれェ!!」
「たいちょう!飲み比べしましょう!」
「飲み比べ以前にお前すでに酔ってるだろい」
「酔ってません!据え膳喰わぬはなんとやらというでしょう、たいちょう」
「…ここで使う場面じゃねえ」
「…わかりました。じゃあ、こうしましょう、飲み比べて勝った方が、相手の言うことをひとつだけ、きく。どんな注文でも、きく」
「…お前、俺に勝負持ち掛ける意味、分かってて言ってんのかい」
制止の言葉を投げ掛ける彼を横目に、並々と彼の前に置かれたグラスにそれでもなお、ウィスキーをこぷこぷと注げば、どうなってもしらねェよい、そう呟いて、彼も私のグラスに並々と注ぎ足した。
今日は宴も宴。ようやく長年の懸念だった抗争相手をエース隊長が降伏させてきたからだ。ほら、宴の真ん中ではエース隊長がわんやわんやと胴上げされている。
「マルコ隊長は輪にはいらないんですね」
「…あいつらと同じようにはしゃげる歳じゃねェだろい」
「…エース隊長に嫉妬、してるんですか」
「…馬鹿いえ」
他愛もない話をつらつらとしている内にもまるで水を飲み干すように隊長のグラスは空いていく。強い。ザルだ、この人は。マルコ隊長は自身のグラスを空けるのと同じぐらいの速度で私のグラスにも注ぎ足していく。
「たい、ちょお…もうのめませんよお…」
「勝負を持ち掛けてきたのはお前だろい。それとも俺の注ぐ酒が飲めねえってかい」
「…のみます、のみますってば…」
あーもうだめだ。気持ち悪いし、なんか頭の奥がずきずきする。部屋のふかふかのベッドで毛布にくるまって寝たい。私もかなり強い方だったからお酒なら、と思ったけど、や、マルコたいちょう、つよい…あ、でも、「俺の酒が飲めねェのか」って、ふふっ、少しは酔ってはいるんだな…
「…名無し」
「…うーん…」
「…おい、名無し」
「もうのめません、たいちょう…」
「はァ…まったく」
ん…なんか身体が宙に浮いてる気がする。なんだか身体があったかい。すごく安心する。だれ…?
「なっ…!た、たいちょう…」
「いいから黙って寝てろ」
あたたかい腕の持ち主はあろう事か、マルコ隊長だった。隊長に十何回か目の酌を注がれてからぱったりと記憶が途切れている。
「じぶん、で…歩け、ますから」
まだぼんやりとした意識の中、きっとひどく赤らんでいるであろう頬を伏せてなんとか隊長から離れようともがく。しかし、その優しく抱き抱える腕はびくともしない。寧ろ、更に力を込めて、ぎゅう、と抱きしめられた。…隊長の顔が、近い。真っ直ぐ私の先にある隊長の眼が、心なしかとろんと甘く潤んでいる、気がする。
「お前はいっつもそんな瞳で男を見つめてんのかよい」
「……え?」
「気に食わねェ」
そういうと、器用に扉を開け放ち、彼は私をどさっとベッドの上に降ろした。清潔で綺麗に伸ばされた白いシーツに、私のせいでくにゃりと皺が寄る。私の部屋じゃない、見慣れない部屋。
ギィとベッドが軋む。私の上にまたがった隊長は、そのまま私の両手首をぐっと掴む。身動きができない。抵抗しようとするもびくともしない。男の人って、こんなに力があったんだ…。
「たい、ちょう…?」
マルコ隊長の顔が近づいて、私の首筋に埋もれる。バーボンの強い匂いに頭がクラクラする。だめだ、この淫靡な匂いと雰囲気にこのまま酔ってしまう。
「俺の言うこと、ひとつだけきくって約束だったな」
「な…!!たい、ちょ…う…」
「俺の勝ちだったろい?」
そうだけど。確かにそうかもしれないけれど。まさかこんなことになるなんて、期待こそしていても、現実になるなんて思ってたわけ、ない。
「…あんな賭けを簡単に男に持ち掛けて…無防備すぎるんだ、お前は」
すうっと首筋を這う舌がゆっくりと離れると共に、彼は上体を起こして、言う。それでも、両手首を掴む力は緩まない。むしろ、更に強くなった気がする。掴まれた手首が、少しだけ、痛い。
「たいちょ、う…そんな、つもり、じゃ…」
「じゃあ何のつもりだった?」
「……!!」
「…俺じゃ…不足かい?」
強気に私を見下す姿勢とは裏腹に、その声は少しだけ弱く、脆い。手首に込められた力が少しだけ、ふっと弛んだ。
…不足?
まさか。充分過ぎるほど魅力的で艶めいていて、私を捉えて離さないのに。
ふるふると首を横に振ると、隊長は満足そうにふわっと笑った。
「だったら、もうそんな瞳で他の男の事みるんじゃねェよい」
…だったら、隊長もそんな瞳で女を見ないでほしい。そう言いたい気持ちを、ぐっと押さえる。今そう言えば、彼はきっと私からまた離れてしまう。そうしたらもう二度と掴み所の無い彼を私が掴むチャンスはないだろう。隊長の視線が熱くて、私はもうすぐ溶けてしまう。
「マルコたいちょう、…だけですよ」
「……?」
「わたしが、こんな瞳で…見つめて、いるのは、」
にやり。隊長の口角が上がって、その瞳には光が宿る。絡まる視線に耐えられない。ああ、私は今完全に、溶けきってしまった。
「俺の台詞だなァ、その言葉は」
再び私の首筋に彼は顔を埋める。今度は優しく、柔らかく。彼の柔らかい髪が私の頬を優しく撫でる。…隊長は知らない、この賭けは、一か八かのこの賭けは、私の、勝ちです。
純潔を
ひけらかして誘う
fin.
thanx 棘
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▼20100518
マルコ、狼になる