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真っ青に突き抜ける夏色の空。青にくっきりと映える白い入道雲が、もくもくと顔を覗かせる。こんな日は退屈な仕事なんて放りだして、緑色の芝生の上でごろごろと昼寝をするのが一番良い今日の過ごし方に決まってる。


「大将」


どんなに私が大きな声で呼んでも、この男は瞼の上にアイスマスクを乗せて呑気にくかーと心地良さそうに寝息をたてているばかりで、仕事をしている時間より長い昼寝から目醒める気配が全く感じられない。



「……大将ってば!!」



メェ〜。ほら、センゴク元帥の白ヤギさんからお手紙が届きましたよ。白ヤギさんも私も貴方の目が醒めるのを待っているんです。


「ったくもう…クザンさん!!」



「…ん?…ああ、名無しか。どうしたのよ?そんな顔して」



ふあぁと大きな欠伸と共に愛用のアイスマスクを握りしめ、そのまま腕を伸ばしつつ、私に向き直る。そもそも自分が氷そのものなのに、どうしてアイスマスクが必要なのか、私は未だにその難解な命題の答えを出せずにいる。…いや、もしかしてあれはアイスマスクじゃなくてただのマスク…



「…元帥から?」

「そうですよ」


まだ眠そうな眼を擦りながら、厳重に封をされた白い羊皮紙の手紙を開く。中から出てきた一枚の紙に書かれた文字に、さっと一通り眼を通した彼の表情が幾分か厳しいものへと変わる。



「…元帥からはなんと…?」

「…緊急の用事みたいだ。直ぐに話し合いたい事があるらしい」



むしゃむしゃむしゃむしゃ。白ヤギさんが大将から手渡された、元帥からの手紙を嬉しそうにむしゃむしゃと食べる。…ヤギをシュレッダー代わりに使うのは止めてほしい。そもそも大切な用事なら電伝虫の方が確実に伝わると思うのは私だけじゃないはずだ。



「じゃあ、ちょっくら行ってくるとしますかね…」



またひとつ大きな欠伸をしたまま立ち上がった大将に、正義の文字が入った上着を手渡す。大将がそれを受け取る。そのまま彼が部屋の扉を開けて廊下に出ようとした、その時。



「いたあい!!」



ドスンと小さな音がして、薄ピンクのワンピースを着た可愛らしい女の子が、しりもちをついた。


「あらら、お嬢ちゃん悪かった。…しかし、此処はお嬢ちゃんが居るような場所じゃあないんだがな」

「大将!!」


彼を呼んだ声がする方へ眼を向けると、そこには涼しげな海軍服を着た海兵が、慌てて女の子を立たせてぺこぺことお辞儀している。


「申し訳ありません!大将!大変無礼な真似を……!!」



…なるほど。あの女の子はこの海兵の娘か。



「…もういいから、顔を上げなさい。…今日は休暇じゃないのかね?」

「はぁ…それが最近仕事が急に増えまして…休暇を取ればみんなに迷惑を掛けてしまいますから…」

「…それもそうか」



すると、暫くじっと考え事をしていた大将が、突然ひょい、っと海兵の手から女の子を軽々と持ち上げて、言った。



「今日は暫くこの子預かっとくから。仕事に集中しなさいよ。そして明日から2日間、有給とりなさい」

「…え、いや、でも…」

「いいから。それとも、大将命令がきけないのかねぇ…」

「…いえ!あ、ありがとうございます!!」



…あ-あ、この人はまたこんな事言っちゃって。そもそも自分の仕事も山積みで、そんな事言えた立場じゃないでしょうに。



「あ、中佐!!」



きゃっきゃと嬉しそうな女の子を片手に抱いて部屋を出ていく大将の背中を追いかけると、先程の海兵に呼び止められた。


「……?」

「すみません。大将お忙しいのに…」

「いいのよ、あの人は。さっきも寝てるばっかりだったし、こんな日に部屋の中に籠りきりは却って良くないわ。私も丁度外に出たかったの」



すると安心したのか、ふふ、と海兵が笑いながら帽子をとってお辞儀をする。私もつられて笑って、部屋を後にした。




「彼の奥さんは准将だったかねえ…」

「そうです。ついさっき殉葬の式をした気がするのに…時が経つのは早いものですね…」


全くだ、そう言って彼が庭園へと続く扉を開けると、メェ〜と呑気に白ヤギが鳴く声がした。



「白ヤギさんと、このお姉さんと遊んでもらいなさい。…名無しよろしく頼んだ」



そう言い放つと、女の子を地面にゆっくりと降ろし、自分は元帥の元へ、来た道を引き返す。

…全く。結局こうなるんだから。…まあ、こんなに天気がいい日は外でのんびりしたいもの。ついてるわ。



「おねえちゃん、」



ん?なあに?と聞き返すと女の子が次に続けた言葉は想定の範疇を超えていて、私は思わず吹き出してしまった。




「おねえちゃん、さっきのおじさんの'おくさん'なの?」



「……!!」

「…なんでそう思ったの?」


「だっておじさんおねえちゃんのこと、なまえでよんでた」



…え?なまえ…?


「パパとママはおたがいになまえでよびあってたよ!おしごとのときも、ほかのおにいちゃんたちからは'じゅんしょう'とか'そうちょう'とかよばれてたけど」



まんまるで純粋な瞳が真っ直ぐ射抜くように私を見詰める。その瞳に映る'おねえちゃん'も、私を見詰めている。



「…おねえちゃんはね、おじさんの'おくさん'じゃないの。すっごくだらしなくて、適当で、でも優しくて、温かい人だけど…'おくさん'じゃないの」



そう、上司にしてはすっごくだらしなくて、普段の態度も適当で、でも部下思いで優しくて、やるときにはきちんとやる、人を気遣える、温かい人。



「なんで-?」

「それは…」



「おねえちゃん、おじさんのこと、すきみたいにみえたよ」


「……!!」



すると、突然後ろから人の気配がしたと思うと、ガバッと女の子が両脇を掴まれて、高々と宙に浮いた。



「こらこら、あんまりおねえちゃんを困らせるんじゃないの」



「…大将、早かったですね」



「まあね」



白ヤギさんとこ行っといで、降ろした女の子の背中をぽんぽんと押しながら彼は言う。



「'おくさん'か…」



まだ'こいびと'ですらないのに。女の子が不思議そうに訊ねてきた表情が可愛くて、もし結婚して私に子どもが出来たらこんな感じかなあと、ついつい笑みが零れる。



「あらら、満更でもないみたいね」


「あ、大将…」



うわあ、今の絶対私が大将の奥さんになったとこ想像してたと思われたよね…まあ、嘘ではないけれど。



「…大将はどうして結婚なされないんですか?…選べる女のひとりやふたり、いない訳じゃないでしょう?」



ヤギの柔らかそうなクリーム色の毛を嬉しそうに撫でる女の子を見ながら、とうとう意を決して訊ねてみた。昔から疑問に思っていたけど訊けなかった事。やっぱり海兵である以上、家族を遺していきたくないからだろうか。それとも、女とまだまだ遊んでいたいだけで、身を固めるなんて嫌だと思っているのかもしれない。





「…『結婚しない』なんて言った覚えは無いんだけど?」

「……え?」

「俺としてはいつだって用意は出来ているんだけどね」




からかうような軽い口調とは裏腹に、真剣な眼差しで私を見詰める大将。



「…まぁ、本人にその気がないなら、俺としてはどうしようもないけど」



絡まり合った視線を、ふ、と逸らすと、前を向いてヤギと戯れる女の子をそのまま頬杖をついて見詰める。




「大将…」



聴こえているはずなのに、彼は振り向いてはくれない。



「…大将ってば」



「…名前で呼んで、名無し」



どきん



振り返って私を見詰める彼の瞳はどこまでも優しい。



「…クザン、さん」



「ははっ、さん付けで呼ぶところが名無しらしい」


「…もう!からかわないでください!!」



立ち上がって此方に近付いてきた彼の胸を、抗議するようにとんとんと叩く両腕が少し強く掴まれる。



「他人行儀は嫌だな」




「……クザン」



「ん、よろしい」




だめだ。
ほんとに私はこの男に弱い。本当は名前で呼ばれる度にどきどきして、もしかしたら私は彼の特別であるかもしれないという浅はかで淡い期待を、何度も打ち消してきたというのに。大将はずるい。…名前って、呼ばれるよりも呼ぶほうがどきどきする。













恋に落ちていたのは不覚にも、彼より私のほうだったなんて。やっぱりずるい。












fin.
title antidreamer
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いや、中佐、大将が仕事してくれたら曹長は休暇取れますから!!


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あきゅろす。
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