むしゃむしゃ
私の目の前で皿一杯に盛られた簡単な炒飯を、ただただ無言で食べ続ける。瞬く間に皿の底の無機質な白がその姿を現し始めた。
えろい。
何がえろいって、ご飯を食べるエースの唇がえろい。
予定時刻より若干遅れて任務から帰ってきたこのおとこは、開口一番、メシは!?といつもお決まりの台詞を吐く。もう既に昼食の時間は終わった、かといって夕食にするにはまだ早い。
食べてくればよかったのに、と言うと、肩を落としながら、時間が無かったからな、と言う。仕方ない、コックの代わりに炒飯でも作ってあげよう、と食堂の椅子から席を立つと、おう、悪いな、と嬉しそうに笑う。
純粋にエースを気遣ったからじゃない。エースが食べる唇が何故かどうしようもなく、えろいから。そしてそれをどうしようもなく、見ていたいから。ただの下心だ。
たぶんこれはあまり人に分かっては貰えないかもしれない。たとえば、鍛えられ割れた腹筋。男なのに綺麗な指先。広くて逞しい背中。すらっと伸びた美しい脚がいいと云う人もいるかもしれない。そういう人にとっては、マルコ隊長なんてもうたまらなくくすぐられるものなんだろう。
ただ私にはそれが、むしゃむしゃと唇を動かして、まるで小動物のようにご飯を食べるエースの口許なのだ。
「名無し、旨かった。ありがとな」
あんなにあったはずの炒飯をさっさと平らげて、冷蔵庫に辛うじて残しておいたショコラケーキにエースの欲望の対象はあっさりと移る。黒いショコラが映えるように、たっぷりと白い生クリームが、ぽてっと脇に載せられている。
「…おい、名無し?」
さっきまでとは裏腹に、このおとこはデザートだけはゆっくりと味わうように綺麗に食べる。甘党なのだ。私は甘いのは苦手で、食事の最後にデザートが出てくると、よく冷蔵庫に残しておくか、要らないのかと訊ねてくるエースにあげていた。
「……名無し?」
フォークがショコラにすうっとのめり込む。断片となったそれに鋭利なフォークを突き刺すと、端にあった生クリームをくるっ、と掬うように塗り付ける。
「………」
少し厚ぼったい唇が半分だけ開く。黒と白のコントラストが、赤い唇に映える。
むしゃむしゃむしゃ
大きく口を動かして、さっきまで銀のフォークの尖端にあったそれはあっけなく彼の口の中に咀嚼されて、消えた。
「………」
再び同じようにフォークがショコラを犯す。ずぶり、と突き刺されたショコラの断片はさっきよりも一回り大きい。
「名無し」
ひょい、
突き刺さったそれは、当然向かうものと思われたエースの口許ではなく、予想に反し半円を描いて、向かいに座る私の目の前に向けられた。
「お前のだろ?これ」
…違う。私が欲しいのはケーキとかそういうことじゃない。
「………」
私は差し出されたエースの右手首をぐいっと掴むと、テーブルから身体を乗り出して、エースの唇に自身のそれで触れた。柔らかい生クリームの甘ったるい味覚が広がる。無意識。もう無意識としか言いようがない。
我に返り慌てて顔を離すと、エースの意地の悪い微笑が目に入る。
「…これはまた大胆だな」
「…エースの唇がえろいのが悪い」
そういってすぐに離れようとしたけど、逆に私の手首をエースに強く掴まれて、離れられない。
「…知ってたか?」
エースはさっき突き刺した断片をひょい、と口に含む。居場所を無くしたフォークがからん、と無機質な金属音を立てて落ちた。
「俺を見るときのお前の、物欲しそうな眼の方がよっぽどえろい」
ぐいっと手首を引かれて耳元に低くて掠れた、艶やかな声がする。
「俺にもくれよ、お前の唇を」
「…欲張りね」
「お前もだろ?」
すると、くっと顎を持ち上げられて、口内を犯すように口付けされる。息が出来なくて酷く苦しい。苦しいけど、止めて欲しくない。酸素を欲してだんだんととろける私の意識の中で、仄かに苦いショコラの味がじわっと染みわたる。
偏愛フェチズム
fin.
title antidreamer
20100509