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冬と春のあいだ

まだ肌寒い早朝。

斜め上にある小さな窓から射
す、真っ直ぐで仄かに黄色い
光に起こされた。

身体を大きく伸ばして、まだ
ぼんやりする意識を無理矢理
起こす。暖かいコートを羽織
り、マフラーを巻いて甲板ま
で歩いた。


私の上にはなにひとつ遮るも
のはない、どこまでも遠い、
くすんだ灰色と白い、空。

前方には、桜の花びらが今に
も迷い込んできそうな、ピン
ク色した春の島。


冬と春の、今正にまんなかに、
いる。


「おい、」

聞き慣れた、低くて掠れた、
でもどことなく艶やかな声が
する。

「マルコ」

「どうした?
こんな朝っぱらから?」

あなたこそ、そう口にしよう
として、そっと口をつぐむ。

柔らかくて優しい、でも掴め
ない微笑みが私のこころを温
めてくれる。


「今日の天気、すきなの。」


今日の天気?
怪訝そうに聞きかえされる。


「ん。生暖かくて、ぬるりと
した風が、春が来てるって教
えてくれる。桜の色が、そわ
そわさせる。
でも、それでいて、空気は冷
たくて、完全に春にひたるの
を許してくれない。」



お前は詩人だなァ。
彼は私の隣で立ち止まり、甲
板の柵に両腕をつき、遠くに
目をみやる。


「マルコにそっくりだわ」
私は彼とは反対に、手摺に肘を
乗せて、足元の床板を見つめな
がら、言う。

「いつも穏やかで優しくて、
でも、
感情の高ぶりを見せない、
時々、
何を考えているのか掴めない、
私のこころをそわそわさせる。
マルコ、あなたは、冬と春の
あいだ、そのものみたい。」
私は身体を反転させて、彼と
並ぶように海を眺めた。

彼は視線を変えることなく、
どことはなしに遠くを見ている



「お前こそ、'冬と春のあいだ'
そのものじゃねぇのかい」

…私は意外な答えに、
思わず彼を見やる。

「いつもゆったりと余裕を浮
かべて、近くにいる気がするの
に、手を伸ばすと届かない。」



漸く遠くに浮かべた目線を外し
彼は私と向き合った。口元には
いとおしむような、哀しんで
いるような、かすかな微笑み
が浮かんでいる。







「……俺も、好きだなァ」

私から目線を外し、また海に
向き直る彼の頬が、ほのかに
赤いと思ったのは、私の意識
が、まだぼやけているせいな
のだろうか。





「…私も」
届かないなんていわないで、
私はここにいるよと、俯けた
顔を彼の背中に押し当てて、
小さく、そっと、呟いた。

「………」

彼が何か呟いた。その呟きは、
春の訪れと冬の残り香が入り
交じった風にさらわれて、
消えた。




「なんていったの?マルコ」



私と向き合った切れ長の
漆黒の瞳が、私を映す。










「お前の事が…好きだよい」

Fin.


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あきゅろす。
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