ページ:1 ♯本誌ネタバレ・捏造注意!大丈夫という方は以下スクロールしてください。 その名を全世界に轟かすこの船にも、輝かしい歴史の裏で長らく明かされない謎がひとつある。歴代隊長達もわずかに数人のみぞ知る謎が。 「ジョズ隊長」 「なんだ?」 「前々から気になっていたんですけど、」 「またその話か。俺はその件についてはしらねェ。マルコにでも訊いてみるんだな」 「まだ何も言ってないのに…!」 この船でその謎について触れる事は禁忌である。それは秘密を知る船員が暗黙の内に了承している無言のルールであって、隊長達も然り、誰も口を割ろうとはしない。そればかりか、秘密の存在すら知らない者が今では大半どころか殆どになってしまった。 「…ジョズ隊長のケチ」 「マルコ隊長」 「なんだよい」 「エース隊長の前の、」 「おい、待て待てい」 「出た。マルコ隊長お得意の『待て待てい』」 「出たってなんだよい…。お前ちょっとこっち来い」 こそこそと、嫌がる私を無理矢理人気の無い穀物庫へと押し込むと、マルコ隊長はきょろきょろと用心深く辺りを見渡して、ぱたりと扉を閉めた。 「はァ…。好奇心が強いのはいい事だが、こればっかりはだめ。だめなもんはだめなんだよい。諦めろ」 「そうやってジョズ隊長もマルコ隊長も子供扱いして。しかも隠されれば隠される程知りたくなるのが人間の性ってもんでしょう?」 「まったく…そもそもなんでお前が'その事'を知ってんだよい」 「それは秘密です。取材源との信頼関係が崩れてしまいますので。隊長、あんまり言わないと私もカードを切るしかありません」 「な、なんだよい」 「サッチ隊長から聞きましたよ。'あの事'バラしちゃってもいいんですか?」 「サッチ…!」 「一番隊にバレたら事ですね、隊長」 「…分かった。分かったよい」 「おっ!さすが隊長、話が早い…って何してるんですか!!」 「お前が俺と駆け引きしようなんざ100年早ェんだい。まったく、サッチの野郎をどうにかしないといけないなァ」 「ちょ、ちょっと隊長!ほどいて!!ほどいてくださいよお!!」 上手く口車に乗せられた…!オヤジとエースには俺が上手く言っといてやるから、暫く其処で頭冷やしとけ。そう捨て台詞を吐いて彼はぱたり、扉を閉めて、がちゃりと鍵まで掛けていった。なんて事だ。紐で両の手を縛られて全く動けない上に、素早く口にも轡を噛まされ、声が出ない。助けも呼べない。あのパイナポー、いったいどうしてくれようか。 手首をもぞもぞと動かし、なんとかポケットに忍び込ませてあるナイフに手が届く。締め付けられた縄は思いの外太く頑丈で、鋭利な刃先でも解放までには暫くかかりそうだ。私はぎしぎしとナイフを押しては引き、押しては引きながら今までに集まった情報の断片を組み合わせる。二番隊隊長欠番の理由。エースが隊長に就任するまでの間に何があったのか。欠番は船員にとって周知の事実だが、その理由は何故極少数にしか知られていないのか。そして、何故、敢えて皆それを知ろうとしないのか。 ぐるぐると考えを巡らせる。王子を始め若い隊長は理由を知らない。サッチには上手にはぐらかされ、ジョズはハナから相手にしようとせず断固黙秘を決め込んでいる。マルコを始めとするあの年代の人間は理由を知っている。ということは、エースの前任がいたとすれば、彼等に知られている存在、その名を知らない者はいない程に有名か、はたまた彼等と同世代の可能性が高い。それも二番隊を任される以上、それ相応の実力が必要だ。若くして二番隊を任されたエースにも劣らない、力が。そういえばティーチがやけに悪魔の実に精通していたな…。しかし…何故ここまで隠す必要があるのだろうか。 縄は切れない。縄の中心に鋼が通してあったからだ。誰も来ない。声も出ない。瞬く間に日は暮れ、とうとう群青の夜が降りて来た。ぼんやりと丸い朧月が窓から私を覗き込む。流石に寂しい。というかどうして誰も来てくれないの。直属のエース隊長もマルコ隊長も。誰の気配も、足音すらも聞こえてこない。 「隊長…」 ぽつり。寂しさ故に口から零れ出た呼び声。誰でもいい、何でもいい、私を独りにしないでほしい。 「ちっとは冷めたかよい」 寂しそうな声出しやがって。かちゃりと鍵が回る音がして、すうっと一筋待望の光が伸びてくる。その上には、細長い見慣れた黒いシルエット。 「…何の用ですか」 「この期に及んでまだ意地を張るとは。オヤジもとんだ娘を船の乗せたもんだなァ」 マルコ隊長はからかっているつもりなのかなんなのか喉を鳴らして苦笑いしながら、私に巻き付けられた縄をするするとほどいていく。 「いいか」 「……?」 「今から言う事はすべて俺の独り言だ」 噛ませていた轡の留め金を慎重に外しながら隊長は言う。 「随分と昔…俺も生まれてすらいねェ、もう半世紀以上も昔の話だ」 私の頭上に掛かった埃をぱさぱさと払いながら、隊長はどかりとその場に胡座を掻いて座り込んだ。 「男は若かった。丁度今のエースくらいの歳か。若さ故か、砂のように飢え、乾いた眼をしていた。実力は十分持ち合わせていたが、仲間達すら残酷だと思う程に敵に対しては容赦なかった。その冷酷さは船内のみならず敵船にすら知れ渡っていた」 「一度戦闘になればその非道さは残忍という言葉では表し切れなかった。とにかく、手当たり次第に暴れまくるもんだから、同じ船員でさえ手がつけられねェ有り様だ。そんな男の様子はいつも何かに追い立てられているように見えたという。まるで、飲み込んでも飲み込んでも満たされない砂漠のように」 「なぜ、」 「何故そんな男を船長が拾ってきたのかは分からねェ。何か思う処があったんだろう。そんな男ではあったが船員達も男を受け入れ、信頼していた」 「どうして…?」 「男が特に手がつけられなくなるのは、仲間を傷つけられた時だったからだ。それを仲間達は解っていた」 「仲間…?」 「あァ、そうさ」 隊長がくわえた煙草の先端に火を点ける。この人が煙草を吸うなんて。滅多に無い事だ。くるくると吐き出される煙の輪が上空に立ち上ぼるのがかろうじて分かる。彼が息を吸い込む度に赤く燃える先端。逃げ場の無い紫煙が辺りに満ちていく。 「男の飢えた眼はいつも何かに怯えているのを隠そうとしているように見えた。大切な者が汚される、失われる、その恐怖が相手に対する怒りにそのまんま転換しちまうんだ。失うのが怖いぶん、敵に向けられる破壊衝動は凄まじい」 「それって…」 「まァ待てよい。その一方で、時代の要請かはたまた悪戯か、一人の革命家が頭角を現してきていた。女ではあったものの、その確固たる思想、聴衆を煽る熱い弁、凛とした容姿、全てが彼女の指導者としての資質を物語っていた」 「ただそれは、今のような一大勢力ではない、まだ小さな小さな綻びのようなもんだった」 「綻び…」 「ああ、ほんとに小さな針穴のようなもんだ。だが海軍はそれを放ってはおかなかった。正確にいえば世界政府だ。奴等は女を最重要参考人として全世界に指名手配した。奴等にとっては危険極まりない思想だが、当時はごく一部の人間が秘密裏に活動していただけだ。わざわざその思想を政府が広げる必要は無い。女は革命家としてではなく、海賊として追われる身となった」 「…それが何の関係が」 「何の廻り合わせか、本当に一時だけではあったが女は船に乗ったんだ。男が乗る船に。同志に迷惑を掛けないため、そして自身の思想を全世界に広めるため。その船の船長はその女の心意気を買った。結果として、政府は自身が思い描いていた結末とは真逆の結末を引き起こしちまった」 「それってもしかして…」 「あァ。今の革命軍の原形さ。瞬く間にその思想は広がっていった。それぞれの国民ひとりひとりが心の奥底で待ち望んでいたんだ。押さえ込んでも隠しようもない違和感を、彼等はただほんの少しだけ、形にする手伝いをすればよかった」 「最初こそ警戒心を剥き出しにしていたものの、海賊は人の掲げる思想や信条を非難したりはしねェし、そんな事は誰にも出来やしねェ。持ち前の明るさからか、段々と女は海賊共から慕われ、女もまた海賊を慕っていた。厳しい顔つきが柔らかな笑顔に変わるのもそう時間は掛からなかった」 「……」 「男には親友と呼べる唯一の男がいた。勿論船員同士の結束は何より固い。だがそのふたりの関係性はそんな言葉じゃ表せないほど互いを信頼し、命を預ける良き仲間であり、良き好敵手だった」 「特にそのふたりは女と親しくなった。見知らぬ経験、前衛的な思想、異国の話。どちらにとっても刺激的でお互いを惹き付けるには充分だったのだろう」 「ただ、女にはひとつだけ、海賊に言えない秘密があった」 「海軍の英雄」 「そうだ。女は海軍と切っても切れない接点があった。海軍に所属していた弟、当時はまだうだつの上がらない曹長をやってた海軍の英雄」 「でも…!」 「あァ。今の状況の方が酷いもんだ。息子は革命軍の最高指導者。孫は億超えのルーキー。おまけに義孫は海賊王の息子。だがそれでも今の地位があるのは積み重ねてきた名声あればこそだという事は分かるだろい?いずれ暴かれる自分との関係の所為で弟の処遇がどうなってしまうのか、それが女にとっては唯一の気掛かりだった」 「……」 「海軍はそれこそ眼を皿のようにして女を探しまわったという。その頃から発足していたサイファー・ポールの微かな情報だけを頼りに、とうとう海軍は見つけ出した。そこまではいい、その先が問題だった」 「…戦争になる」 「あァ、そうだ。戦争になる。女が乗った船の鉄の掟は赤ん坊だって知ってる。仲間殺しは海に生きる者が犯してはならねェ最悪の罪だ。大人しく海軍に女を引き渡す、たとえ僅かな時間であったとしても同じ時間を共有した人間を見殺しにする、それは仲間殺しも同然だった」 「もっとも、海軍とて戦争がしたかったわけじゃない。お互いに向き合う砲弾、たとえ誤砲であったとしても一発の銃弾が取り返しのつかない事態を引き起こす。その緊張感に海軍は賭けた。交渉役を弟にやらせたんだ。背後に何十万もの兵力をちらつかせて」 「それで彼女は大人しく出ていったんですか?」 「弟の存在をちらつかされては仕方ない。自分の所為で戦争を引き起こす事になっては今まで世話んなった海賊にも申し訳が立たねェ。そう思ったんだろう、女は大人しく軍艦へと向かった。軍艦の中へとその一歩を踏み出した、その時だった」 「一発の銃声が虚空にこだました。その合図を皮切りに、始まってしまった、恐れていた戦争が。銃声を鳴らしたのはあの男だった。親友は最後まで男を止めたし、説得もした、だが男はどうしても許せなかった」 「仲間を…失うのが?」 「そうだ。だが…結果は無残なものだった。海賊はほぼ全滅、残った連中も敗走の道を行くことになった」 「どうして…?」 「女ばかりか船長の首まで取られちまったからだ。たとえ海を統べようが、王者と呼ばれようが、海賊は世界の少数派だ。圧倒的軍事力を持ってして迎え撃った海軍の前ではどうしようもなかった。ひとたび戦争になってしまえば海軍も目的を果たすだけだ。殲滅に向けて猛攻を仕掛けるだけ。このまま戦い続けても無駄な死を増やし続けるのみ、敗北を認めた船長は己の身を持ってして仲間達に逃げるように命じたんだよい。頭が落ちれば船員は動揺するからな、脇目も振らず、一目散に逃げるように命じて自分はその身を果てた」 「男は…どうしたの?」 「もちろん船長の横に残ろうと必死に食い下がった。だが、男の親友がそれを許さなかった。男まで失う訳にはいかなかったんだ。ただ、男にはその行動の意味が分からなかった。結果的に、」 ジュッ。何本目だろうか。短く縮んだ煙草をぎゅっと握り潰して、また新しいそれを取り出して火をつける。ゆるゆると渦巻のように立ち上る煙に窓の外の朧月が曇ってみえた。 「男は一味を抜けた。男の直下にいた数人がついていくと言って同じく一味を抜けてな。結局、残党の半数が男の親友の元に残るばかりとなった。船も無くなった、仲間達も失った。また一からこの海で出直す事になったんだ」 「ねえ、隊長。その親友は、」 「あァ、男の親友はかつてその船で一番隊隊長を張ってた。男は二番隊をな。だが、男は抜けちまった。だから、二番隊隊長は長らく不在だった」 「…随分と長い間でしたね」 「…あァ。まァ、それでも待ち続けていた奴がとうとう現れた、不在だった席は埋められたんだ。先の事はわからねェが、きっと上手くいくさ」 「エース隊長はこの事は」 「知らねェはずだい。お前も確かめたんだろ?あいつは、」 「あいつはこの船を…世界を背負える男さ。でも…それを俺達が押し付けちゃいけねェんだ」 隊長は漸く、先程火を付けた煙草を完全に握り潰して立ち上がった。ぱんぱんと膝を叩いて自身に掛った埃を払うと、さァ、立て。夕飯だってサッチが呼んでるよい。私の手を取って持ち上げるようにして掲げる。サッチ隊長が私と隊長の名を呼ぶ声が聴こえる。そしてエース隊長の一際大きな声も。 「人の上に立つ者に必要なものはなんだと思う?」 「え?」 「強さでも、力でも、ましてや金でもない。 信頼さ。 守り抜くだけの強さは後からついてくるもんだ。信頼に足る誠実さはそれ以上に難しい。ただそれさえあれば強さなんて本当は要らないんだ。 受け取った人間は与えてくれた人間を守りたいと思う。絶対に守り抜こうと思うだろい?」 マルコ隊長が最後の言葉を言い終わるか終わらないか、バン、と扉が大きく開け放たれる。 「name、マルコ!お前ら何処行ってたんだよ!心配して何回も呼びに行って、空き部屋も探し回ったんだぞ!」 コツン。軽く頭をごつかれた。それを見ていたマルコ隊長が笑う。つられて私も笑う。笑っているのになんだか涙が出てきた。それを見ていたエース隊長が怪訝そうな驚いたような顔をして、マルコ、おれ、なんかしたか…?後ろからついてきていた隊長を振り返って今にも泣きそうな顔をしておろおろと尋ねる。笑いすぎなだけだろい、マルコ隊長がそうコツンと隊長の額をごつくと、サッチ隊長が湯気の立つ温かなお皿を三枚分腕に乗せて、遅かったな、晩飯にするぞ、そういって笑った。 待ち望んだ光 ――――――――――― ▼2010708 Q.二番隊隊長欠番の理由 A.エースを待っていたから 完全に捏造というか妄想ですね…。ごめんなさい!笑 リアルにいくと、二番隊隊長は実は社長説が有力ではないかと思っています。楽さん、七不思議ご提供ありがとうございました! 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