[携帯モード] [URL送信]
ページ:1
こぷこぷこぷ。間に合わせ程度に作られたハムと玉子のサンドイッチと、不味いインスタントコーヒーを啜りながら、彼は先程から熱心に見詰め続ける手元から決して目線を外そうとはしない。


「船長」

「…なんだ?」


一寸たりともその視線を動かす事なく彼は気の抜ける返事を私に寄越す。ぱさり、とまた頁を捲る音が聴こえてくる。彼はそのまま近くにあったフラスコの中に怪しげに光る液体をこぽこぽと注いでいく。


「燃料費を押さえたいから夜更かしはやめましょうと通達を出したのは誰ですか」

「べポだろう?」

「貴方でしょうが。船長、もう午前3時ですよ」


小さな潜水艦に、ぽつりと煌々と灯りが点っている。船長の部屋だけ。彼の部屋だけは夜な夜な深夜まで灯りが点っているのだが、何をしているのかは誰も知らない。


「なにしてるのかと思ったら医学書読んでたんですか。だから隈が消えないんですよ」

「正確にいえば実験だ」

「実験?何の?」

「お前は、」


手元の医学書から彼は目線を外して、漸く彼は私と目線を合わせる。その瞳に宿る強い眼光に私は一瞬だけたじろぐ。この光に、未だ慣れることはない。


「ホムンクルスを知ってるか?」

「ホムンクルス?人造人間の事ですか?」

「そうだ。よくしってるな」

「知ってますよ。で、ホムンクルスがどうしたんですか?」


「もし俺が、」

「ホムンクルスだったらどうする?」


こぷこぷこぷ。彼は手元の医学書を机の上にことり、と置いて、そのまま背後にある試験管からまた怪しげな液体を二、三選び出した。細くて色白の指が器用にコルクを抜いて、先程のフラスコに水色と紅色の液体が注がれていく。きゅぽんと威勢のいい音がやけに場違いな気がした。


「あはは、船長は不死身になりたいんですか」

「それはまっぴら御免だな」


フラスコの中で先程の水色と紅色が船長のあの繊細な指に掻き回される。色合いが段々と薄紫に変化していく。その変化の様子があまりにも綺麗だったから、私は息のひとつも吐くことを忘れて食い入るようにフラスコの中を見詰めていた。


「不死身になりたいと思わないなんて。死が怖くないんですか?」

「俺が死を、」


船長はそのままそのフラスコに栓をすると、立ち上がってまた違う文献を引っ張り出す。つうっ、と指でなぞりながら欲する情報を探し求め、ああ、これだ、頁をなぞる指を止めて、小さく呟いた。


「怖がらないと?」

「私は覚悟しています」


船長や仲間の為ならば、いつだって。いずれ訪れるのならば、私は愛する者を守って果てたい。口には出さなかったものの、全て伝わったんだろう、船長は向けていた視線をゆっくりと私に合わせた。


「お前は本気でそんなつまらない事を考えているのか?」

「…つまらないだなんて」

「ああ、つまらない。お前は何も解っていないんだな」


明らかに不機嫌さを滲み出した私に臆する事なく彼は再びフラスコの栓を開けて三本目の液体を入れた。透明な真水。そして私には判別が付かない白い粉末をさらさらと流し込む。例によって再びくるくるとフラスコをかき混ぜながら彼は私に向かって言い放つ。


「お前が仲間の為に死んでどうなる。本当に人を想うなら、」


手に握ったフラスコを金具に挟んでアルコールランプの火を点ける。ぼうっ、と橙色に輝く光に時折銅が混じって黄緑色に変わる。


「生きて護り続けるのが筋だろうが。死を覚悟するなんてのは海賊としては正しくても、おれの船のクルーとしては正しくはないな」


紫色の液体が炎によって蒸発して、透明な受皿に少し色の着いた粉が少しずつ、少しずつ溜まっていく。彼はそれを掬いとっては用意した小さな瓶に仕舞っていく。



「…何を作っているんですか、キャプテン」


「大したものじゃない」


彼は飲みかけのコーヒーを漸く飲み干してかたんと置いた。私はそれを手に取って、ひんやりと冷たい無機質な扉を力を込めて押す。なんの音も軋みもなく、それはいとも簡単に開かれる。


「砂糖はふたつで?」

「ああ、頼む」


今日も船長の部屋の灯りが消える事は無いんだろう。私は知っている。彼がフラスコに調合していたものは不老不死の薬なんてものではないけれど、私達を救う薬であることを。仲間を失わない為に。大切な人を守り抜く為に。何故なら彼はこの船の船医であり、船長であるのだから。



















―――――――――
▼2010624
Q.ローの目の下の隈
A.
仲間に処方する新薬の開発に伴う不可避的寝不足


キャプテンはなんだかんだ仲間想い




[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!