戻ってきてソファーに座ったジェイドの前に湯気の立つミルクティーのカップを置き、背中側に立って濡れた髪をタオルで拭う。
「なんだか、至れり尽くせりですね」
「あんたにはこれから色々と白状してもらわなきゃいけないからな。懐柔作戦ってとこさ」
「おや、そんな下心があるんですか。それは残念です」
「その紅茶にも、実は自白剤が入ってるかもしれないぜ?」
「怖いですねえ」
そう言いながらジェイドはミルクティーを飲み、振り向いて美味しいですねと微笑む。
まだしっとりと濡れているジェイドの髪から入念にタオルで水分を奪いながら、俺も笑った。

「けど、白状させるつもりなのは本当だからな」
「はいはい、何を聞きたいんですか」
「疲れきってたあんたの失言について、かな」
含みを持たせると、ジェイドがまた振り向いた。
「ガイ、あなた最近陛下に似てきたんじゃありませんか?」
「自分は棚上げかよ、アンタ」
「私は善良な軍人ですよ。心外ですねぇ」
「…それを本気で言ってないことはよく知ってるよ」
脱力しそうになって、これじゃいつも通りだと気付いた。ジェイド相手に優位でいるつもりではあっさりかわされてしまう。小細工など無しにはっきり訊いてしまおう。

「あんた、俺を遠ざける為にわざと喧嘩を仕掛けただろう」
少しだけ流れる沈黙。ジェイドがゆっくりと紅茶を一口、もう一口。
「何故、そんなふうに思ったんですか」
「疑問に疑問で返すなっていつも言ってるのはあんたじゃなかったかい?」
「おやー、そうでしたっけー?」
語尾を伸ばして茶化すジェイドに、ぎゅうっと抱き付いた。
といってもソファーの背もたれ越しだから、腕を回しただけではあるけど。
「あんたが言ったんだよ。『寂しい思いをさせてしまうなんて、せっかく怒らせた意味がない』ってな」
頭をジェイドの左肩にくっつける。まだ湿っている髪は冷たいけれど、湯上がりの肩は暖かい。
「覚えてないならもう一度言うけど、寂しかったよ」
少し大きく息を吸った。
「たかだか1週間なのに、喧嘩して怒ってた筈なのに、あんたに会えなくて寂しかった」
「…私も、寂しかったですよ」
そっと、ジェイドの手が頭を撫でる。さっきとは逆だな。気持ちいい。
「じゃあなんで、わざと俺を怒らせたんだよ。俺、あんたの仕事の邪魔をしてたか?」
あと、何だったかな。ああ、そうだ、確か。
「『傍に居ても居なくても同じなら、傍においておけば良かった』とも言ってた。なあ、どういう意味だよ」
ぴくりとジェイドの指先が震えたのがわかった。
そして、頭を撫でていた手が離れていく。
「ジェイド?」
顔を上げてジェイドを見れば、額に手を当てて俯いている。
「……それは、確かに失言でしたね。まさか、そんなことを言うつもりはなかったんですが」
はぁっと大きな、けれどいつものようなポーズとは違う溜め息を吐いて、ジェイドは俺を見た。

座りませんか、とさっきと同じように隣を勧められる。それに従って座ると、また両腕が伸びてきて、抱きすくめられた。
「私はあなたが好きなんです」
ストレートで真摯な言葉に、どくんと鼓動が跳ね上がった。それからまた、溜め息が聞こえた。
「懐柔されたことにしておきますよ。白状します。あなたに少しずつ言われるより、自分で話した方がましな気がしますから」
ジェイドにしてはとても珍しいそれは。
「敗北宣言、だな」
「調子にのらないで下さい」
お仕置きしますよ、といつものいい笑顔で言われて苦笑いした。

「あなたを怒らせたのは、あの日から仕事で泊まり込むことになると分かっていたからです」
「…俺が、寂しがると思って?」
「自惚れじゃなかったでしょう?こうして会いに来て下さったわけですし」
抱き締められていた腕は、今は緩やかに俺を閉じ込めていて、至近距離でジェイドの顔を見る。
にこりと笑っているのはいつも通りだけれど、一見変わらないその笑みに含まれる感情を読み取る為に。今は、嬉しそうに見える。
「まあ、それだけじゃありませんけどね」
今度は苦笑。…いや、自嘲?
「忙しいと知れれば、あなた、手伝おうとするでしょう?」
「そりゃあな。…迷惑だったか?」
仕事において迷惑をかけたつもりはないが、休めと口煩く言ったりするのは、ジェイドにはお節介なことだっただろうか、と思った。
いや、でも、やっぱり自分くらいはお節介を焼いてやらないと、とも思うんだが。
「違います、ガイ。いつもあなたが手伝ってくれて、とても助かっています。ですが……」
ジェイドにしては珍しく言い淀み、紅が瞼の裏に隠された。
カチ。カチ。
時計の秒針の規則正しい音が、静寂の中で唯一聞こえる。
紅が姿を表し、ジェイドは口を開いた。

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あきゅろす。
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