けど、どうしたもんだろう。
会って謝ればいいだけなんだろうけど、それはジェイドの思惑通りなのかもしれないと思うと癪だ。

そして、少しだけ不安もある。
もしかしたら、ジェイドが本気で怒ってたりしないかって。
俺がいつも通りの言い合いだと思っているだけで、何か触れてはいけないようなことを口にしたかもしれない。なんせ、あの時は頭に血が上ってたし。
もしも、それでジェイドが会いにこないんだとしたら?
考えると悪寒が走って、そんな筈ないだろう、と自分に言い聞かせた。本気で怒っていたなら、別れ際にあんなからかうようなことは言わないだろうし。

じゃあどうしていつもと違うのかと考えると、それはやっぱり、俺の出方を見て面白がってるってのが一番ジェイドらしいんじゃないかと思う。
(結局、ジェイドの手のひらの上ってことか…)
溜め息を枕に吐き出して、寝返りをうって右手側を見る。いつもジェイドが寝ている場所は当然空っぽで、洗濯されて綺麗なシーツからは、あの上品な香水の香りは微塵もしなくて。

…やっぱり、どうしようもなく、寂しさに気付くばかりで。

「…しょうがないよなあ」
こういうのが、惚れた弱みってことなんだろう。
壁にかかった時計を確認して、俺は軍部へと向かうことにした。いつも残業をしている多忙なジェイドは、きっとまだ執務室にいるだろうから。

見張りの兵たちに挨拶をしながら、奥へと進んでいく。この時間に一般人は入っちゃいけない筈だが、すっかり顔馴染みになっているおかげですんなりと通ることができた。まあ、ジェイドの名前を出したからってのもあるんだろうが。

目的の見慣れた扉をノックをすると、入れと声がした。まずそれが珍しかった。いつもなら「足音でわかります」なんて言っていて、俺がノックをしたら、どうぞ、と柔らかい声がかかる筈で。
戸惑いながらも、ノックした手前そのまま立ち去るわけにもいかず、ゆっくりと扉を開けて中へ入る。

「………ガイ?」
意を決して来たものの、やっぱり顔を合わせにくくて、少し俯いて入った。だから、すぐには気付けなかった。
けど、かなり間をおいて名前を呼ばれて、はっとして顔を上げた。

1週間ぶりに見たジェイドは、目に隈ができていて、顔色が悪くて、心なしか髪も艶がないようにすら見えた。
要するに、ものすごく疲れているときの顔をしていて。
「ジェイド!あんた、また無茶してんだろ!?」
その顔を見たとたんに、そもそもここへ来た理由とか喧嘩してたこととか、頭からすっ飛んだ。
小走りに、座ったまま呆けたようなジェイドに近づいて、ペンを持ったままの手首を握ると、案の定いつもよりも更にほっそりとしていて。
「ちゃんと食事と睡眠は取れって、いつも言ってんだろ!」
呆れて半ば怒鳴るように言うと、視線の合ったジェイドが、ゆっくりと一度、瞬きをした。
「ガイ、どうして…ここへ?」
「いや、それは後でいいから!とにかく何か食べ物買ってくるから、休憩しろ!いいな!」
踵を返して、ジェイドに言った通り買い物に行こうと一歩踏み出したところで、もの凄い力で後方に引っ張られた。ジェイドがベストを引っ張ったことに気付き、文句を言おうと振り返る一瞬の間に、腰を抱き寄せられていた。…どうしてこのおっさんは、こういう元気だけはあるんだ。

「ジェイド!」
咎める響きで呼んでも、ジェイドは人の背中に頭をくっつけて、顔を上げようともしない。
「ジェイド、おい、離せって!」
何度か呼び掛けると、ジェイドは聞き取れない声で何か呟き、ようやく腕を離してくれた。
そして全くジェイドらしくなく、あー、と小さく唸った後で、右手で前髪をくしゃりと掴んだ。
「…すみません、ちょっと、余りにも極限だったんで、つい」
左手を、手のひらを俺に見せるように軽く上げて謝る姿は、今まで見たことがなかった。というか、この手のことでジェイドが謝るとか、反省するとか、そんなこと有り得ないとまで思ってたのに。
「……と、とりあえず、店閉まる前に食いもん買ってくるわ」
「…ええ、じゃあ、お願いします」
ぎくしゃくしつつ部屋を出て、ジェイドの言動について考えながらも、急ぎ足でいつも買い物をする店へと向かった。

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あきゅろす。
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