青いそれは春だった



其の厭味な教師は何故か人気が高い。それは分かりやすい授業故かミステリアスな性格故か、将又綺麗に整った顔故か、そんなのは知ったこっちゃあない。敢えて云うなればそれら全てが揃ってるからこそ人気なのだろう。
休み時間やら放課後やら女生徒がきゃいきゃいと黄色い悲鳴を上げて教師を見つめるのを何度見たか判らない。彼女らの視線の先にいる男が振り向く事もなく、只過ぎていく教師を見て一方通行なそれに可哀想にと思った事もある。彼女らの中には本気で教師に恋をしている者もいたらしかった。一度だけだが、嫌な事に告白現場を見てしまった事もある。それは可愛らしい女の子であった。

宛らまるでアイドルの様な其の厭味な教師は今目の前で変わらず黒板に文字を書き込んでいる。化学式が滑滑と並べられていくのを頬杖をついて見やっていた。
麗らかな昼下がり、午後一番目の授業は僅かにだが眠気が自身を襲う。欠伸を噛み殺して耐えれば、丁度化学式はそこで止まった。チョークを置いて振り向いた教師が低く通る声で式の説明を始める。伏し目がちの目が教科書を見て又上げられる。とんとんと黒板を叩いては途切れる事の無い説明に興味等持てなかった。
窓の外を見る。初夏のグラウンドはとても暑そうに見えた。次は確か体育で野球をする予定であった。喉をからからにして白球を追うことを想像して今漸くに説明を終えた教師には似合わない事だなとぼんやりと考えた。野球だなんて本当、似合わない。

「ガイ・セシル」

はっ、と顔を上げれば真面目な顔をした教師が横に立っていた。気付けばどうやら既にプリント学習に入っていたらしい。生徒達がシャーペンで文字を書き込む音が教室中を占めていて、嗚呼と納得する。
怒りもしてないが決して笑いもしてない、赤い瞳が確りとこちらを捉えていて嫌になる。よそ見していた事を咎めているのだろう。すいませんでした。素直に謝って遣れば小さな溜め息の後、先程の説明分かりましたか、と問い掛けられた。いえ、聞いていませんでした。そうですか。教師は人の教科書を勝手に取り上げて何かを書き込んでいる。いいですか、と返された教科書の一頁、とんとんと白く綺麗な指先が書き込まれたそれを叩いて、此処は間違えやすいので気を付けて下さいと指を放す。書かれた文字に思わず眉間に皺が寄ったが、取り敢えずはありがとうございます、と適当に返して、プリントに逃げる。頭上で僅かに教師が笑った様な気もしたが然しそれは無視を決め込んだ。
カーティス先生、と前から女生徒が教師を呼ぶ声が聞こえてそちらへと去っていく教師の背中を見つめる。其の背中が細く見えて意外にもしっかりとしている事を自分は知っている。
厭味な教師の淡々とした説明を受けている女生徒の僅かに赤く染まった頬が可愛らしかった。

恐らくに受けられなくなるだろう、体育の授業を思ってもう一度グラウンドを見る。嗚呼、からからになりたかった。



青い、それは春だった

教科書に書かれたのは後で理科室に来なさいとかそんな事です。密会です。




あきゅろす。
無料HPエムペ!