エヴァーグリーンは眠りに堕ちる
!)教師J×学生G



がらり。毎週水曜日この時間に理科室の扉を開ければ一人の男が其処に立っている。亜麻色の長い髪を結ってそうしてこちらに気づけば優しく笑うその男をその教師を自分は酷く恋していた。男の手に因ってフラスコの中でゆらゆら揺れてそうしてビーカーの中に注がれる液体の色は青色であった。その教師に最も似合う色だと思っていた。青、青は好きだ。酸性かアルカリ性か中性か、なんてそんなことを考えて一歩前に踏み出して扉を後ろ手で閉める。二人っきりの世界の出来上がりだった。ガイ、と優しく笑う男に微笑してやればこちらに来なさいと誘われる。其れに素直に従う自分と男は傍から見ればどう見えるのかなんて分かり切っていた。この学校に通っている以上、教師と生徒の関係は当分に崩せないだろうけど、それでも確かに自身達は恋人同士という甘い関係であるのだ。だからこれは先生と生徒の会話では無く、恋人としての呼びかけであるのだ。分かってる。分かっているから僅かに赤くなる頬と緩む口があるのだ。ガイは確りと足を前に運ぶ。数歩の距離を埋めれば男は嬉しそうに笑って視線をまたビーカーへと落とした。次の実験で使うんですよとガラス棒で掻き混ぜてそうして青色はくるくると回る。其れを見ながら用意されていた椅子へと腰掛ける。男の、ジェイド隣、最高の特等席。次の授業のベルが鳴るまでまだ45分もあった。時計は変わらずに正確な時間だけを教えてくれた。次の授業は何年何組、そんな質問にジェイドが優しく答えてくれるのは毎週の決まり文句みたいなものである。2年5組だろう、分かっている、そんな事。此処へと授業を抜け出して通うのは毎週の出来事であったのだから。
かちゃり、かちゃり、かちゃん。ガラス棒を掻き混ぜる手を止めてジェイドがこちらへと視線を向ければ、緊張が増す。意識してしまうのは仕方無いだろうと忙しなく動く心臓に語り掛ける。優しく頬に触れた指先はいつも通りに冷たかった。
「可愛いですねぇ」
くすくすと笑われて、頬が一気に朱色に染まる。馬鹿にされた訳じゃない。だけど思わずにあんたなぁ、と怒鳴ってしまえば静かに、という意味を込めて口元に人差し指を押し付けられる。ばれちゃいますよ。楽しそうに笑うこの男は教師としては失格だと思った。ばれちゃいますよなんて、(あんたの教師としての理性は何処にいったんだなんて言ったら笑うだけなんだろう)ふわりと香水が鼻を擽る。男のその匂いだって好きな自分はもう末期なんじゃないかって溜息を吐けば、愛しそうにジェイドはガイの短い髪へと口付けてはまた小さく笑うのだ。本当に恥ずかしい。
「あんた一々恥ずかしいな」
「そうですね、自分でも吃驚してますよ」
「なんだよ、それ」
漸く離れて教科書の1頁を開くジェイドへと軽く蹴りを入れてやる。汚したら許しませんよ、なんて笑ってジェイドははらはらと頁を次々にへと捲っていく。2年の時の理科の授業なんてどんなことしていたかなんて覚えてない。素直に告げてやれば酷いですねぇとジェイドはやれやれと首を振った。
「次のテスト覚悟しといて下さいよ」
「勘弁してくれって」
大きく56頁を開いて折り曲げる。教科書に書かれていた文字を盗み見しながら傍に置いてあった試験管を一本手に取る。中に入っていた透明な液体のそれがなんなのか、問えば塩酸だと返される。塩酸か。リトマス試験紙だとか、ガスバーナーだとかいろんなものが置かれたこの教室をぐるんと見て、そうして隣に立つ男の白衣を引っ張る。なんですか、別に。構って欲しいわけじゃないけど構って貰いたいだけでもあった。手元の白い紙に赤いマーカーで丸を付ける。知らない数式のそれがどうしてかジェイドと自分の距離を再確認させたから寂しかったのかもしれない。所詮は(大人と子供なのだ)(自分達は)
「授業終わったら起こしてくれ」
腕を枕にして机の上へと頭を乗せる。完璧なサボりですね。可笑しそうに笑った男がまた優しく触れて髪を掻き分けて優しく名前を呼ぶ。ガイ。煩い。子供ですね。聞きたくない単語に目を瞑れば、わしゃりと髪を大きな掌が混ぜたのが悔しくて堪らなかった。
「ガイ、」
好きですよ。
引っ張り上げられて顔を上げさせられる。唇に触れた温もりに、大きな矛盾を感じた。ああ、好きだ、好きなんだよ、先生。

エヴァーグリーンは眠りに堕ち




あきゅろす。
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