確かな記憶はなにひとつだって残らなくていい



死ぬと云う事がどういう事かというのは実際自分には分からない。多寡だか7年しか生きていない自分がそんなこと分かる筈もないのだ。そうしてその多寡だか7年で自分は一生を終えるのだ。それがどれだけに悲しい事なのかというのもまた客観的になれない自分にとって見ればわからない問題なのだ。ただ、死ぬと云う事が自分を蝕んでいることと、死んでしまえば彼には会えない、仲間には会えないという事だけは理解している。それは酷く悲しくて堪らなかった。
そうして、宿屋に備え付けてある小さな窓から空を見上げる。綺麗な星空が其処にあって、確かに輝いているのをじいと見つめる。隣のベッドでは既に眠りについたガイが居て、またその隣では未だに本を読み続けているジェイドが其処に居る。優しさなのか、ジェイドは自分がこの時間になるまで眠れていないことを特には突っ込みはしなかった。話しかけてきたりしなかったのだ。ただぱらり、ぱらり、と時たまにページを捲ることだけが部屋に響く。それが静けさの中響くだけであった。ごろり、とガイが寝返りを打ったことにびくんと焦ってしまった自分は、こうしてガイより遅くまで起きている事を恐れている様であった。実際にそうであった。日付がとうに代わって、皆が寝静まったこの宿屋で、如何して自分は眠れていないのだろうか。可笑しい筈なのに笑いは出なかった。ただ、下を向いて、何度目になるだろうか、布団へと潜り込む。暖かくも冷たくもないその布団に包まれて目を瞑っては見るが、眠気等は一向にやってくる気配は無かった。ただ、眠らなくてはいけないという使命感だけが自分を支配する。そうして必死に呼吸を整えたり、寝返りを打ったりして、必死に頭の中では楽しいことを考えた。考えれば考えるだけ眠気等は一向に来なかった。

そうしてどれぐらいがたったのだろうか。恐らくには30分ぐらい(然しこの30分が自分には何時間にも思えたのだ)のそれの後、もぞりと、隣のベッドから起き上がる音が聞こえた。布団の擦れる音がする。途端必死にぎゅ、と目を瞑って小さく縮こまる。起きたのですか、というジェイドの問いかけにまぁな、と答えを返したガイの声は決して寝起きのそれでは無かったのだ。ああ、起きていたのだろうか。疲れているだろうに。そうして床へと足をついて歩き出す音がこちらへと向かっている事がばれてしまうのではないかと、恐ろしくて堪らなかった。力強く目を瞑ってしまえば小さな苦笑が聞こえた。ああ、ばれているのだろうな。
然し反してガイはそれには何も言わなかったのだ。
ふんわりと、優しく髪を撫でて、ガイは小さくおやすみ、とだけ呟いた。それが何故か酷く暖かくてしょうがなかった。もう一度柔らかく撫でられてそれで、ガイは顔を覗き込むようにして目線を合わせる。それに恐る恐る目を開ければ優しく笑うガイの顔が目に入った。
「大丈夫だから、な」
傍にいるから、と手をぎゅう、と握られてそうして笑われる。柔らかく何度も何度も頭を撫でられる。子供扱いだ。だけど其れが途轍もなく安心するものであって、それで。つん、と鼻を何かが刺激した。じんわりと熱くなる目頭に、ガイと小さく名前を呼んだ。泣き声に其れは近かった。



確かな記憶はなにひとつだって残らなくてい
なれ吠ゆるか




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