あなたのおおきなてのひら



一歩一歩歩くごとに呼吸が乱れてしまいそうになるのをぐっ、と我慢して仲間の後へと続く。苦しさが増していく一方であるがそれは無視を決め込んだ。どれ程歩いたのかは分からないが然し時間にしてみたら少ないのじゃないかとも思う。ただそれでもどうしても長く感じてしまい、それが辛い。だからと言って止めよう等もまた申告する気も無かった。これぐらいならば、と唾を飲み込む。そうしてそれを決意のようにもう一度脳内で繰り返した後に一瞬ふらりと足が力を失い傾きかけたが、なんとか持ち越して大きく一歩を踏み出す。思考が飛んで行きそうであった。(然し此処で場を崩したくは無かった)また目が潤んでいる様に感じた。ぼんやりと熱に浮かされたようなまた、視界がはっきりとはしてない自身の目は、前を歩くジェイドとルークが仲良く会話しているのを視界に入れてそれを目標の様に一歩一歩踏み出す。けらけらと笑うルークと静かに微笑むジェイドがなんの会話をしているのかは生憎全く分からないしぼんやりとしか聞こえないのだが、それでもルークが笑っているのを見てそれを崩してしまいたくは無かった。
確実に重さを増して行く足が切り落として、叩き、殴ってしまいたいぐらいには煩わしく、思わず眉間に皺がよった。どうしてこんな時に約に立たなくなるのか。ああ嫌な顔をしているのだろう。振り向いてこちらを伺い見たティアが、おどおどと名前を呼ぶのに極めて普段通りに返す、表情は何時も通りを心掛ければ、どうしたのと問われて適当に返せば誤魔化せることが出来た。ああ、危なかった。
相変わらず、ルークとジェイドが愉しそうに会話しているところへと今度はアニスが割り込んでおそらくは何かルークの都合の悪い事でもついたのだろう、先程よりははっきりとうるせーっつーのとぎゃいぎゃい騒ぐ声が耳に入る。何だかそれに安心してしまった。それがいけなかった。またふいに、失った足の力が立つことも歩くことも拒絶した。重力に従い傾く身体が、べたん、大きな音を立てて転けてしまえばワンテンポ遅れてから喫驚した様に声が掛けられるのが聞こえた。何時もより小さな其の声達に恥ずかしがるようにして、何でもないんだ、と告げればナタリアからの珍しいですわね、との声とアニスとルークがかっこ悪いと面白げに笑う声がした。はは、と頭の後ろへと手を回して前を見れば、大丈夫とティアが声を掛けてくれたのに大丈夫だと返す。悪いな、と立ち上がってしまえばそうすれば何にも無かった様に仲間達が歩き始めるだろうと思った。それはその通りであった。筈だった。

「ガイ、」

恐ろしい具合に不機嫌を顕にした低い声に名前を呼ばれてもう一度顔を上げて声の方へと見ればその男は怪訝そうにこちらを伺った。ああやばい。ばれるかもしれない。内心では酷くに焦ったが表面では何でも無いように笑顔を作る、旦那怒るなよ、驚かせて悪かったって。けらけらと笑い飛ばしてしまおうとも思ったが場の空気が明らかに変わっている。それは間違いもなくジェイドのあのどすの効いた低い声からであった。何事かと周りの仲間達がこちらとジェイドを交互に見やるのに居心地の悪さを覚えた。ああ、どうやって誤魔化せばいいのだろうか。若しくは誤魔化すのは無理なのであろうか。嘘を吐くのには上手いという自信はあったが、生憎にも今までにこの男には全てばれてはしまっていたのを思い出す。

「体調が悪いのなら言いなさい」

其の言葉に、何の事だと笑い飛ばしてやった。本当につまづいただけなのだと告げて遣れば、心配そうに見つめてくるルークが名前を呼ぶのに大丈夫だと頭を撫でてやる。ぐらりと視界が揺れて吐き気を催しそうになったがそれは持ち前の忍耐力で耐えてやれば、なんとも無かった。そうだ、なんだこれぐらい。
急がないと次の街に着く前に日が暮れてしまうぞ、とルークの背中を押して遣れば、戸惑った様にガイ、と呼ばれたのには返事を返さない。ああほら旦那も、と肩を叩こうとして其の腕は捕まれた。其の掌の力は意外にも強くて、痛い。
ふわりと、肌色が(というには白すぎるものが)視界の上を行く。ひたりと宛てられた冷たさと感触に、それが手袋を外したジェイドの手であるのだと気付き、嗚呼成る程と納得する。気持ちの良い冷たさが額の熱を奪うように温もりを増していくのに、頭ではそれじゃあいけないのだと(ああでも今更言い訳は出来ないだろう)気付いていた。ただぼんやりとした視界にジェイドの顔を入れれば、それが喫驚したように歪められるのを見て、ああ、ばれたかなと矢張りぼんやりと思った。

「ルークとナタリアとアニスは直ぐ様に野営の準備をしてください、ティアは何か身体にいいものを探して下さい」

ジェイドの命令がどんどんと小さくなっていくのに危機感を覚えた。意識が、と軽い認識に首を振ってジェイドを見れば、抱き寄せられる。もう一度、触れた掌の冷たさが、全てを有耶無耶にしていくのを逆らう事は出来なかった。



貴方の大きな掌が知ってい

にやり



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