君は強いんじゃなくて、



彼は泣かない。

其れは泣くのを堪えるというよりは泣くことの出来ないようなものの様に感じた。まるで泣く事を切り取ってしまったかのように彼は泣かない、泣こうともしない。
幼馴染である彼を手に掛けた時も、仇の息子である赤毛の少年が消えてしまった時も、彼の記憶が元に戻った時でも。どれにしても何にしても彼が泣いたところ等みたことは無かった。恐らくは、自分じゃない誰かのところでは泣いていたのではないか、とは思ったのだが、長く過ごしたルークもナタリアもガイが泣いたところは見たことがないらしかった。
当のガイは少し困ったようにして「昔は泣き虫だったんだ、よく姉上に叱られたよ」と語っていたことから一生のうち一度も泣いたことがないわけじゃないことは窺われた。昔と言うのは彼の
云う姉が生きている時であるのだとすれば、彼はそれから一度も泣かなかったのだろうか。
恐らくは、と仮定を脳内で組み立てては消していく。それは自分では知り得るもののようには感じられなくて、若しくはガイさえもが忘れているのかもしれない。
けれど、恐らくは彼は周りを気遣って泣かなかったのではないか、なんて考える。誰よりも優しい彼のことだ。自分のことで悩む人を見たくはないのだろう。
強くあろうとする彼を、年老いた騎士の痛々しいものを見るような眼を思い出す。彼はあの騎士にも頼ることをしなかったのではないか、醜いものを内側に貯め込んで、どうしてそうまで。

兎にも角にも彼は泣かない、泣くことができない。



「ガイ、それ間違ってますよ」
「え、ぁ、ほんとだ」
ははは、すまないな。苦笑しながらガイは間違えた個所を直す。幸い訂正のきく書類だったからよかったものの違ったらどうするつもりだったのだろうか。ずっとそのままなら手伝ってくださらなくたっていいですよ、と言えば一瞬強張った後、手厳しいな、とまたもガイは苦笑した。

彼が可笑しい理由は知っている。仕方がないとも思う。今日は丁度赤毛の少年が、ルークが消えて二年が経つ。人の誕生日やらなんやらを覚えるのに長けている彼は今日という日を都合よく忘れているなんてことは考えられなかった。大凡、その赤毛のことが気掛かりなのであろう。
分かるけれども。
いつもなら隠し通せるそれがこちらにも分かる位には辛い癖に、それでもなお隠そうとするのが
(気に入らない、そんなに)

「辛いなら泣けばいいじゃないですか」
ひょんに口に出た言葉にガイは驚いた様にこちらをみやった。実際本当に驚いていたのだろう、信じられないものを見るような眼でガイはジェイドを見ていた。
ガイはその表情を直ぐに普段のものへと戻し、なに言ってんだか、と誤魔化す。やはりそれは気に入らなかった。咄嗟に書類を持つガイの腕を掴む、その眼を見た、逸らすことは許さないとでも言うように。
「泣くことが、醜いことだと私は思いません、勿論弱いとも」

「裏切りになる、とも」

一瞬、ガイは辛いという感情を隠すのは止めた、一瞬だけだったが。
ふにゃり、と困ったように笑みを浮かべて旦那らしくない言葉だなとガイは笑った。
ありがとう。綺麗な笑みを浮かべてガイは笑った。
ああほらだから彼は泣かない、泣けない。


君は強いんじゃなくて、強くあろうとしていて、それが綺麗で好き。
でもたまには泣いて欲しい、なんて思うんですよ。




あきゅろす。
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