嘔吐した煩悩に接吻




敢えて言うなれば酔っていたのだ。


空き瓶となったそれが幾つも並んだその時には既に自身の思考は宙へと浮くのではないだろうか位には深く考える事の出来ない頭であった。あったにも関わらず考えたもんだから馬鹿な話である事は間違い無かった。何でか、働かない頭を動かす気にはならぬと言うのにそうして考えれば矛盾した話でもあった。またそれさえもが笑話になる位には既にべろんべろんでもあった気がした。気がしたというにはまた間違いの様である気もするのだがしかし冷静に事実を確認する部分等壊れてしまったかの様に働かない。それを理性と呼ぶのだろうか、否違うのであろう。そんな事はどうだってよい。ただ、愉快でしょうがなかった。だからだろうか、目の前の男が厭そうに顔を歪めた事実でさえもが大層可笑しく感じられた。それは本当厭そうに。何て顔してんだ。けらけらと笑い飛ばせばその顔は一層憐憫の色を含ませて歪んだがそんなのはこれまたどうでもよかった。哀れまれても悲しまれても、また苛立たれても馬鹿にされても。今はどうだっていいと吐き捨てる事が出来る位には陽気であったのだ。
もう少しだけと言い訳がましく酒瓶を手に取りグラスへと注げばそれは半分迄入った後にぽちょんぽちょんとしか零れなくなった。どうやらこれで最後らしかった。またそれを少し残念だとも思った。しかしようよう考えれば酒瓶はまだ数本あった筈だ。そんなに気にすることも無いだろうとジェイドにも飲むよう勧めれば飲み過ぎだと叱りを受けたが聞く耳など持てなかった。


酒の入った時程に世の中が綺麗に見える事は無かった。


ぼんやりと灯りが光るのを目はまるで宝石を見ているかの様な明るみで見せた。きらきらと光る世界は泣いて涙でぼやけて見える時に酷似しているような気がした。また、その世界が自分は好きであった。この世の物にしては綺麗過ぎるこの世界は天国が有るというのなら正にこういう感じなのだろうとさえも思った。
余り酒を飲む方では無く嗜むばかりのそれでも矢張り時には馬鹿みたいに飲みたい夜もあった。まさに今夜はそうであった。また、この景色を見たいというのも一つの理由でさえあった。逃避したいと似たようなもんであろう。
ああ、もっと。何時までも飲んでいたい錯覚はまるで麻薬の様には止まらない。それならば自分は薬物中毒者となんら変わらないのだろう。それもまたいいとさえ思った。
「ガイ、」
グラスを持つ手を押さえられて直ぐ様不満を顕にしてジェイドを見ればしかしそれよりもきつい顔でジェイドは駄目だと言った。嫌だ、もっと。子供のように駄々を捏ねれば面倒だと言わんばかりにジェイドはまた顔を歪めた。嗚呼、そう言えばこの男の笑った顔を見ていないと思った。先程から見せる表情の何処にも喜の色等見受けられなかった。そうだ、しかめっ面ばっかり見ている様な気がした。思いついた儘に笑えと言ってやった。命令に近いそれにジェイドは何ですか一体等と愚痴を零したのをまあ当たり前だろう、可笑しくもないのに笑いが零れた。それとも、可笑しかったのだろうか。
「だぁんな」
甘えたの様な声はまるで娼婦のそれにさえ近かった。だがそんな事が恥だと思える思考はまた狂っていたのだ。だからこそジェイドのしっかりとした肩に頭を預ける様にして凭れかかる。あー幸せ。ふにゃりと顔が崩れる位にまで笑ってみせればジェイドはふうと一つため息を吐くだけであった。ああ幸せが逃げる。迷信か、是は。


何かを忘れたかったのだ。


ああそれは何であっただろうか、巧く忘れる事が出来た。ならば後は寝てしまえばいいのだ。寝てしまえば完璧に忘れる事が出来るのかと問われれば否、それが違うことぐらいは分かっていた。一晩で良いのだ。そうすればまた明日頑張れる気がしたのだがはてさてどうなのだろうか。分からない。
「ジェイド、」
思いの外酔いの回った熱い溜め息が一緒に零れた。ああなあ抱いてくれないか。その言葉にジェイドは一瞬顔を驚きのそれに変えた後にまた直ぐに不機嫌そうな表情に戻した。
もう寝なさい。立ち上がろうとしたジェイドの腕を掴んで目を合わせる。旦那、反してはっきりとした声でジェイドの名前をもう一度呼べば軽いキスをくれた後に目を片手に因って覆われた。

「泣いてくれた方がましです」
ほら泣きなさい。

思いの外のジェイドの優しさに笑いが一つ零れた。ああ、思い出してしまったじゃないか。



嘔吐した煩悩に接吻


せめて陽気な儘に眠りに就かせてくれたならああほら何にも考えずにすんだというのにそれとも飲み足らなかったのだろうか潰れてしまうまでに飲んでしまえば或いは幸せだったのかああ其の方が都合が良かったこの男は優し過ぎた。


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ルークが消えると知って酒に溺れるガイとそれに付き合うジェイドなJG

つぶやくリッタのくちびるを、



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