思い出は奪えないでしょう




彼はたまに昔を懐かしむ目をする。
それは幸せであったホドでの思い出か、はたまたキムラスカで彼の主人である赤毛の子と過ごした日々を思ってかは自分にはわからなかった。
ただ、彼はたまに昔を懐かしむ。それは確かであった。
そしてまさに今がそうであった。
「ガイ」
名前を呼べば少しだけ驚いて、けれどもそれはすぐに笑みに戻る。なんだい。優しさを含んだその声が自分の方へと向けられて少しだけ安心した。



(きっと自分は思い出には勝てないでしょう)



暖かい昼下がり、というよりもグランコクマの常の気温を考えれば少しだけ暑さを感じるお昼過ぎといった方が正しいであろうか。
城内の陛下の部屋へと大量の書類を担ぎ込んだ帰り道(陛下が嘆いていたような気がしたがそんなのは今に始まったことではないので気には留めないでおく)すれ違う兵士達の挨拶を適当に返して自身の執務室へと足を運ぶ。
陽の光をみたのが久し振りな気がした。それは錯覚なのだろう、書類と睨めっこしていた所為であろうか。(少し暗く感じる部屋に閉じこもっていたからだろうとは思っている)
また次のものだと運ばれた書類がテーブルの上を占める図を思い浮かべて少しだけ気が滅入った。どこぞのお坊ちゃんの様に(それは彼の使用人から聞いた話であって自分はそんな彼をあまりみたことはないのだが)また自身の主の様に、ほっぽり出すほど自分は器用(といっていいのかは微妙だが)ではないし、子供でもなかった。
それは義務なのだ。
凝りを訴える首を横に倒せば小さな音が鳴って自分が若くはないことを認識する。年をとるのは嫌である。改めて考えさせられてやれやれと小さく溜息を吐いた。(こんなことをいっているのがばれれば恐らく幼馴染の彼が不敬罪だなんだと騒ぐのだろうか)さて、部屋に帰ったらまずどうしましょうかね、考える。独り事にはならなかったが。

(おや、)
目の前を通り過ぎる金髪に思考が止まる。
「ガイ」
どうしました。その声にはっとしたのだろう、振り向いた金髪の彼は酷く驚いた顔をしていた。
「ああ、旦那か」
何か用かい、そう聞かれてけれども彼の眼を見て気づく。嗚呼彼は

「思い出を懐かしむのは結構ですが、浸り過ぎるのはどうかと思いますよ」
その言葉にきょとん、とした直後ガイは流石旦那だな、と後頭部へ腕を回した。それは彼の癖であるのは自分はよくわかっていた。
「ちょっとね、思い出してたんだ」
(ああやっぱり)
悔しさのあまり嬉しそうな彼を無視してその腕を引っ張ってやった。驚いて開いたままのその唇に触れるだけのキスをしてしまえば、ぽかんと間の抜けた顔がすぐさま真赤に染まって焦ったように彼が叫びに近い声で喚いた。遠くで見ていたのだろう、動揺した兵士が持っていた槍を落とす音が聞こえた。
「旦那!」
「失礼、こうでもしないとふ抜けたままかと思いまして」
「けど、これは、」
そういって、下を向いてあれやこれや文句を言う唇も彼も愛しいと思うのに。
照れながらもキスされて嫌だと云わない彼の、好きは自分に向けられているってわかってるのに。

それでも



思い出は奪えないでしょう
(あなたは思い出に浸って私なんて見てくれないんでしょう)
リビドー




あきゅろす。
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