[携帯モード] [URL送信]

人として軸がブレてる
MIHASHI1/2編 2

「リュック持ってるみたいだけど、着替え入ってんの?」

「あ、ごごごごめっ、なさ―」

「あ〜良いって。
持って無くて当然だろ、急な雨だったんだし」



三橋にタオルを渡しながら、阿部は心の中で大きくガッツポーズをきめる。



「今日中、には…荷物、着くって、父さん が」

「そか。
うち男所帯だからさ、女モノねぇんだけど勘弁な」



阿部が言うと、三橋は必死に首を横に振る。


まぁ、今着てんのとそう大差ねぇし、良いよな。



そう思いながら、顔がまた緩み出す。



自分の服をカノジョ(注:許婚=恋人と勝手に解釈)に着せるなんて、ちょっとオイシくないか?!



できれば自分のブラウス1枚で部屋を歩いてくれたりなんかするとかなり嬉しいのだが、家族がいるし、これだけ人見知りの激しい女の子に最初から強要したのでは、更に怯えられ兼ねない。



「ちょい大きいけど、我慢してくれな」



阿部は用意した自分のブラウスとジーパンを三橋に手渡す。



「あ、ありがっ、…と…」



三橋は顔を上げて言うつもりだったらしいが、阿部と目が合った途端に気恥ずかしくなったのか、頬を染めて視線を逸らし、語尾は消え入りそうだった。



……………たまんねぇ〜っ!!!
きっと三橋もオレに一目惚れしたに違いねぇ!



訳の分からない確信を抱いた阿部は、すぐにでも抱き締めてしまいたい衝動を必死に押さえながら、「じゃ、部屋出てるから」とできる限り平静を装い扉を閉めた。
阿部は浮かれた気分に酔いしれながら、しばらくドアの前で待っていたが、三橋は一向に出てくる気配がない。


もしかして、サイズが大き過ぎてズボンがずれちまうとか…?
あ、でもそれもかなりオイシイ状況かも?!



「あのさ、三橋。
…開けても平気?」



阿部は心配2割、不謹慎な思い8割で、ドアをノックして中に尋ねる。
すると、慌てたような意味不明の声が聞こえた後、「ど、どうぞ!」と返事が返ってきた。
部屋に入ると、阿部の服を着た三橋が、想像以上に阿部の欲望を掻き立てる。
ジーパンの裾を大きく折り返し、長いブラウスの袖が細い指を半分以上隠している。
自分の服をそんな風にだぶつかせて身に着けているのが、阿部のツボを刺激した。



―おっと、あまり妄想を膨らませていたら、ヤバいことになっちまう。



自重してなんとか落ち着きを取り戻すと、三橋の手にある自分のミットが目に入った。



「それ―」

「あっ、か勝手にごめんな、さいっ」

「あ、別に良いんだけど…。
野球、興味あんの?」



そう尋ねると三橋は大きな目を輝かせて頷き、「大好き!」と幾分か弾んだ声で答えて阿部を驚かせた。
そして、その時に見せた三橋の笑顔が再び阿部のストライクゾーンを直撃する。



〜〜〜〜〜コイツっ!
狙ってやってんじゃねぇよな?
オレ、こんなんでこれから毎日もつのか?!



「………お、オレ、…投手、だか ら」



え?野球やってんだ。
しかも、投手って言ったか…?
おいおい、オレは捕手だぜ?!
もうこれは運命以外の何ものでもねぇ!!



「へぇ、女の子が野球って珍しいな。
もしかして、ソフト?」



何気なく言った阿部の言葉に、三橋は急に顔を曇らせた。



え?えっ?!
オレ、今マズいこと言ったか?!!



阿部には何がいけなかったのか分からず、動揺が走る。



「あ、あのさ―」

「………こんな、じゃ …甲子園、行け ないっ…」

「は…?」



…あ〜!
そういう意味か!!!
そりゃそうだよな、女は公式戦に出られないもんな。



気がつくと、三橋の目には涙がいっぱい溜められていて。



抱き締めたい―。



不純な気持ち抜きで、阿部は思った。
こんなに野球が好きだということは、父親が言っていた修業というのも、満更嘘ではないのかもしれない。
どんなに努力をしても、努力では報われない障壁が三橋の前には高々とそびえ立っているのだ。
それでも諦められず、投げ続けているのだろう三橋が、愛しくて仕方がない。



…何にもしてやれねェなんて。
情けねぇ。



先程までの妄想の勢いはどこへやら、阿部が三橋へと伸ばした手は肩や腰ではなく、とうとう零れ落ちてしまった涙を拭っていた。
三橋が驚いて顔を上げる。



「行けるよ、甲子園」

「ふぇ?」

「一緒に行こうぜ。
…オレが連れてってやっから、さ」

「アベ…君………」

「お前がいてくれるんなら、オレは絶対に負けねぇから」



…なんか今の、告ってるみたいじゃね?



ごく自然にそんなセリフを吐けたことに、阿部は我ながら感心した。
そんな阿部を、三橋がじっと見つめる。



「ホント、に?」

「え?」

「オレが居れば、行けるって………。
ホントにそう、思う?」



当たり前じゃねぇか!
好きな女の願いの一つも叶えてやれないなんて、男じゃねぇ!!!



「ああ、絶対行ける。
約束するよ」



阿部の力強い返事に、三橋の目が再び輝き出す。



「お、オレ、頑張る よ!」



は…?
頑張るって………?
えと…、オレの応援をってことか、な。



「あ、あの―」



三橋が視線を彷徨わせながら、何かを言いたげにもじもじとし始めた。



「え?
ああ、何?」

「あ、の き、キャ…チ………」



はい………?



「キャッチ、ボール!
…し、してくれ ません、か………?」

「あ、ああ。
でも、雨が―」



と言いかけて阿部が窓の外を見ると、いつの間にか雨は止んでいて、陽の光さえ差し始めていた。



「あがった、みたい だね」

「………だな」



三橋は、はにかんだ笑顔をもう一度見せる。



そうだよな。
お前、人一倍恥ずかしがり屋だもんな。
だから言葉より、キャッチボールで愛のコミュニケーション、てわけか…。
いいぜ、三橋。
お前の想い、オレがきっちし受け止めてやるぜ!!!



阿部は、訳の分からないテンションに駆り立てられた。



「二人で何すんの、グローブなんか持って」



玄関を出ようとする二人に、弟が呆れたように声をかけてきた。



「見て分かんねぇのかよ」

「…兄貴、いくら兄貴が野球バカでも、女の子に付き合わせるなんて―」

「違うよ。
三橋がやりてぇって言ったんだよ」

「え?
そうなの?!」



シュンは驚いて三橋を見る。



「あっ、あの、ごっごごごめっ、なさ、い…」

「いや、別に怒ったとかじゃないから!
でも…、へぇ〜そうなんだ。
三橋さん、野球好きなんだ!」



三橋は頬を染めながら、何度も首を縦に振る。



「投手なんだよな」

「え〜?!
すげぇすげぇ!!」

「あ、あの、そそそんな、大したもの、じゃ…」



途端に、三橋が極度に緊張し始めたのが阿部には分かった。
うろたえ様が半端じゃない。



「―シュン、お前あっち行け」

「え〜っ、なんでだよ!
オレも見たい!
一緒に行く!!!」

「コイツが困ってんだろ!
さっさと引っ込んでろ!」



弟はそれでも食い下がりたかったが、後から必ずやってくる兄の報復と、困っているのが女の子というのを考慮して、渋々引き下がった。



「よし、とりあえず軽く投げてみてよ」



阿部家の裏にある小さな空き地に出ると、阿部は少し距離を取る。
何となく気を遣って、互いの距離を10メートル未満にしてキャッチボールを始めた。
三橋は律儀に「いきます」とか小さな声で言う。
大きめの服が邪魔になるかと阿部は懸念したが、三橋は全く気にならないらしく、袖を少しだけ折り返し、自然なフォームでゆっくりと投げた。
三橋の手から放たれた白球が綺麗な放物線を描く。
阿部は構えた位置から一歩も動かず、まるでボールが吸い込まれていくかのようにミットに収まった。



「…うまいもんだな」

「へ?」



投手だから、というのもあるだろう。
しかし、ミットに入ったボールの感触が、阿部に何かを訴えている。
何球か往復させた後、阿部は後方へと下がる。
その距離、18.44メートル。



「阿部、くん…?」



阿部からの返球をキャッチして再び投げようとしたら、阿部が急にしゃがみ込んだ。
そして、捕手の体勢を取る。



「一球、投げてみてよ」

「うぇ、え?えっ?!
そ、それ は、ちょっ と…」



三橋は軽く阿部とキャッチボールができれば、と思っていた。
一緒に甲子園に行こうと言ってくれた阿部の言葉に、つい浮かれてしまったことに今更後悔する。



「なんで?
調子悪ぃの?」

「そ、そ んなこと、ない けど………。
がっかりす、る…」

「は?
しねぇよ、さっきので分かるから。
心配しねぇで投げろよ」



アイツの球を受けてみたい。
阿部は今、捕手として純粋に三橋のボールを欲している。



(どうしよ………。
それでなくても遅い球、なのに、今投げたりしたら………。
きっと…)



悩み続ける三橋に、阿部は声をかける。



「三橋!
オレの目を信じろ。
オレだって、伊達に何年も捕手をやってんじゃねぇよ!」



(………そ、か。
阿部君が投げていいって、言ってくれてんだ。
ちゃんと捕手として向き合ってくれてる、阿部君に…投げなきゃ。
オレは、投手、なんだから…)



三橋は、投球体勢に入った。
阿部は、そのこまやかな動作一つ一つを見極める。
三橋の指から離れたボールが一瞬、阿部の予想より低い軌道をとった。
が、自分の読み間違いではないことを阿部はほぼ同時に理解する。
三橋のボールは、阿部のミットの位置を修正させることなく、見事に要求ゾーンに入った。



コイツ………、並の投手じゃねぇ。



(…………ど、どうしよ〜!
阿部君が固まってる?!
きっと、オレの遅い球に呆れた、んだ)



三橋の目に涙が蓄積されていく。



「三橋!」



阿部が急に大きな声で呼んだので驚いて顔を上げると、ボールが返ってきた。



「ナイピ!
もう一球!」



(……なんで………?)




[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!