人として軸がブレてる
MIHASHI1/2編 1
「はああ?!許婚ェ?!
勝手に決めんなよ!!!」
阿部は近所中に響き渡るくらい大きな声で怒鳴った。
―MIHASHI1/2―
休みの朝、父親が家族会議を開くなんて言うから、どうせろくでもないことだろうと思っていたが、まさか自分の人生に関わる大問題だったとは、阿部は夢にも思わなかった。
それでなくても、昨日からの曇空に憂鬱な気分だというのに堪らない。
「仕方ないだろ。
シュンはまだ子供なんだから」
父親は事も無げに言う。
……わざと論点ずらしたな。
「兄貴、良いなぁ。
彼女探す手間省けたじゃん」
所詮、他人事。
弟は日々虐げられている腹癒せに楽しんでいる。
……後で本気でシメる!
「とにかく!
会ったこともない奴なんかと『はい、そうですか』と結婚できるか!
ちゃんと断れよ!
親父の責任だかんな!!」
「そりゃ無理だ」
「は?」
「だって、今日家に来るから」
「はぁ?」
「で、うちに住むから」
「はああ?!」
どこまでも勝手に話を進めやがって〜!!!
「父さんの親友に三橋君てのがいるんだが。
そいつの娘さんでな、修行の旅から今日帰ってくるんだ」
「旅?修行?
すげぇすげぇ!!
その子、どこへ何の修行に行ってたの?」
弟は興味深々だ。
「さぁ、中国にいたようだけど。
来たら聞いてごらん」
聞いてごらん、じゃねぇよ!
「オレは絶っっ対に認めねぇかんな!!!」
阿部は勢いよく席を立つ。
「待ちなさい!
これは、死んだ母さんの願いでもあるんだぞ!
母さんはなぁ、最期の最期までお前の心配を…くっ」
「…嘘泣きなら、シュンの方がいくらかマシだぜ」
「あっ、こら、タカ!
どこへ行くんだ?」
父親に呼び止められたが、振り切ってリビングを出た。
いつの間にか、外は大雨で空も更に暗くなっている。
まるで行く手を阻むかのような雨に舌打ちしながらも、阿部は外出の準備をする為部屋に向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
雨の中、阿部家の前で大きな荷物を背負ったまま立ち尽くす少女がいた。
色白で小柄な少女は、寒さと緊張で頬を紅潮させ、傘を持っていなかったらしく全身びしょ濡れだったが、柔らかそうな茶色の髪はまだフワフワしている。
大きなつり目を潤ませて、少女は悩み立ち尽くしていた。
(ど、どうしよう〜〜?!
まさか、雨が降るなんて思わなかったから…)
父から言われていた目的地に辿り着いたのは良かったが、予定外のことが起きてしまったのだ。
(やっぱり、このままじゃ会えない、よね…。
友達になってもらえたらって、楽しみにしてたのに…)
今日からお世話になるのに、不測の事態で先に進めない。
悲しくて、不意に涙が零れる。
その時、
「絶対に認めねぇかんな!!!」
と凄まじい怒声が家の中から響いてきた。
少女はその声に小さな悲鳴をあげ、急速に涙が引っ込んだ。
(……………こ、怖い〜ッ!!!
―も、もしかして、今日来ちゃ いけなかった、とか………?)
頭の中はぐるぐるとして、思考のベクトルはネガティブへと偏る。
(だ、ダメだ…。
このまま会ったら、こ 殺されそう―。
……………やっぱ、逃げ…)
ようやくこの場を去ろうと決意した途端、家の扉が大きな音を立てて開いた。
(ま、マズい…!!!)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夢でもみてるのではないのか、と阿部は思った。
家の前に立ち尽くしたずぶ濡れの少女。
肌も髪も目の色も総ての色素が淡い上、スレンダーな身に纏った服も淡い色だから今にも消えそうだ。
けれど、茶色い大きな瞳は確かな光を放つ。
薄紅色の頬と紅い唇は、少女を一層幻想的に見せた。
―天使だ―
そんな言葉がぴったり合う少女だと、阿部は本気で思った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
逃げようとした矢先に家人に見付かってしまい、少女はパニックに陥った。
しかも、家から出て来たのは自分とさほど歳が変わらないであろう少年。
すごい剣幕で出て来たのだが、自分を見るなり呆気に取られている。
(あわわわ…っ、ど どどどうしよう〜!
見付かっちゃったよ〜〜!!!)
「うっ、あ…、え えと、あ、あの―」
何をどう説明しようかと逡巡していると、少年は歩み寄って来た。
「ミハシ…さん?」
「ふぇ?
……あ、…う…、あ、………………は い」
人違いです―。
そのたった一言で誤魔化せる芸当を、少女こと三橋は持ち合わせていなかった。
しかも答えた途端、怒濤のように不安が押し寄せてくる。
(し、しまった〜〜〜!!!
会わずに帰ろうと思った のに、つい返事しちゃったけど、マズかったんじゃ―)
「…風邪ひいちまう。
中、入れよ」
「え…?
あ、うわっ………」
少年はぶっきらぼうに言った後、三橋の手を強く引いて家の中に導く。
(この人………。
ちょっと怖い けど、良い人、かも)
三橋はほんの少し、顔を綻ばせた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「親父っ、ありがと〜〜〜!!!」
阿部は既に頭の中で何十回と叫び、万歳三唱を心の中で何百回も繰り返していた。
親父が勝手に決めた許婚が、まさかこんな「どストライク」なコだったとはな。
ちょっと人見知りが激しいみたいだけど、すぐ慣れるだろ。
これからはオレがずっと傍にいて、優しくしてやるしさ!
しかも、今日から一つ屋根の下で暮らすなんて…。
阿部は緩んだ口許を手で覆いながら、これからの少女とのアレコレを妄想していた。
「親父、ミハシさん来たみたい」
先程すごい剣幕で飛び出したはずの息子が戻ってきたので、父親は少し呆気に取られた。
息子の後ろでは、色白の小柄な少女が動揺を隠し切れない表情で、落ち着きなく視線を彷徨わせていたが、自分に気が付くと慌てて頭を下げた。
「あ、あああのっ、い、いきなりすすすすみませんっ。
お、オレ…三橋、廉 です…」
わざわざ少女の手を引いてきたことと滅多にお目にかかれない息子の微妙に緩んだ顔から、満更でもないのだと悟り、敢えて茶茶を入れずにとりあえずは三橋を歓迎した。
「いやぁ、よく来てくれたね!
お父さんから話は聞いているよ。
長旅で疲れただろ?」
「親父、話は後。
すげぇ濡れてるから着替えさせなきゃ」
「あ、じゃあオレ風呂沸してきてあげるよ!
冷えちゃっただろ?」
「あ、あの、あの、おおおお構いなくっ………」
「何言ってんだい、大事な友人のお嬢さんに風邪をひかせる訳にはいかないよ」
「お、おじょ―」
「じゃ、部屋連れてくわ」
阿部はそう言って、三橋を2階へと連れて行った。
「…父さん、さっきの見た?」
「ああ、タカはかなりお気に召したようだな」
「あんなニヤけた兄貴、初めて見た」
確かに、どちらかと言えば可愛いタイプのコではあったが。
兄も所詮ただの男だったか、と妙に悟った弟だった。
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