人として軸がブレてる
記念日編
その日、いつもとは全く異なる戦慄が野球部員を襲った。
細かい突っ込みさえ入れなければそれなりに平穏な一日として終わるはずだった、部活後の野球部部室内。
今日も相変わらず天然発言絶好調な我らがエースは、本日最後に最凶最悪の天然発言をした。
「今日 は、阿部君の日、だね」
「「「………」」」
この発言に、部員の過半数は間違いなく凍て付いた。
(えええぇ?!
な、なんで阿部の日?!!)
(よりによって、阿部かよ?!)
(意味分かんねぇ通り越して怖ぇよ!!!)
思い思いの脳内突っ込みを繰り広げた部員はとりあえず聞かなかったふりをして、阿部のリアクションを固唾を飲んで待つ。
「………は?」
(おー!阿部!
ナイスノーマルリアクション!!)
さすがの変態も、今回は天然発言についていけなかったようだ。
思わずガッツポーズをした花井の背後で、呆れたような溜め息が聞こえた。
「…アレ、わざとだ」
(はい?)
振り向けば、泉がすごく嫌そうな顔をしてバッテリーを見ている。
「…うん、アレは計画的だね」
隣りの栄口も哀しげに呟く。
「何が…?」
「まぁ、見てりゃ分かるよ…」
花井は促されるまま、彼らに視線を戻した。
「だ、だって今日 は、2が3つ 並んでる」
「…2月22日だから?
それなら、2月2日だってそうなるぜ」
(うん、そうだよな)
「で、でもっ、今日の方が2が、多い」
(三橋も頑固だな…)
「それなら、オレの日じゃなくて『捕手の日』だろ」
(阿部の言ってること、間違ってねぇじゃん)
今の阿部が完全に常識人にしか見えない花井を挟んで、阿部の本心を不幸にも見抜いてしまった二人は、同時に肩を落とした。
「…次か」
「…次だね」
三橋は更に阿部への弁明を続ける。
「だ、だって、オレの捕手は 阿部君、だから!」
「三橋…」
「だから、オレにとっては阿部君の日 なんだ!」
「…バーカ」
「ウヘヘヘ…」
阿部は少し乱暴気味に、三橋の頭をわしわしと撫ぜた。
阿部の手に押さえられて三橋には見えていないが、その時のヤツの笑顔といったら表現し難い気持ち悪さだ。
「『オレの捕手』って、そんなに言わせたかったんだ…」
「三橋自身が決めたアニバーサリーだって、本人に主張して欲しかったんじゃねぇの?」
「………」
周囲のドン引きムードなどお構いなしに、二人は更に話を広げる。
「じゃ、お前の日は11月11日か」
「うぉ、あ そか、1が4つ…。
で、でも…、オレも阿部君と同じ、で3つが いい」
「三橋…」
「その方が、日にちも近い よね」
三橋は照れながら、阿部にそう返す。
「三橋のアレ、狙ってるんじゃないのが痛いよね」
「一々、名前呼んで見つめる阿部がキモい」
バッテリーの思いはてんでバラバラな方向を向いているはずなのに、会話だけ噛み合っているのが不気味な恐怖を誘う。
「今日は、阿部君に何か奢る、よ。
感謝の、キモチ…」
「別に良いよ」
「でもっ、」
「じゃあさ、オレの欲しいもんくれる?」
「へ?
阿部君の欲しい モノ?」
「三橋じゃなきゃ、ダメなんだ」
阿部の真面目過ぎる声が、多くの部員の背中に悪寒を走らせる。
(その先を言ったら、さすがの三橋もひくぞ!)
(自重しろ、阿部!)
(誰か止めろよ、あの変態!!)
「おい、水谷―」
「なんだよ〜、オレもう耐えらんないから帰るよ〜」
泉に引き止められた水谷は、今にも泣きそうな顔で訴える。
もちろん変態捕手も天然投手も、そんな周囲の空気なんか読めていない。
「い、いいよ!
オレの持ってるモノ?」
「いや、お前の持ってるモノっていうか、そのものっていうか…」
「???」
「まぁ、つまりはお前の―」
変態発言で汚されたくないと思った球児たちは思わず耳を塞いだが、流暢な阿部の言葉はなぜか急に止まってしまった。
「ふぅ、間に合ったか…」
「ナイスコントロール、泉…」
栄口の言葉の後、阿部はゆっくりと倒れた。
「え………?え?
あ、あああ阿部君?!
うぇっ、み、水谷君まで―?!!」
阿部だけでなく、彼の背に乗っかる形で倒れ込んだ水谷を見て、三橋は現状が理解できずパニックになりかけた。
そこにすかさず、栄口と泉がフォローに入る。
「まったく、こんなトコで躓くなんて、水谷は燥ぎ過ぎなんだよ〜。
あ、三橋は気にしなくて良いから。
コイツら、オレらが連れて帰るよ」
「田島。
もう遅いし、三橋と先に帰れよ」
「おー!
三橋、帰ろうぜ!」
三橋とは別の意味で天然な田島は、今までの周囲の苦労も苦悩も知らずに無邪気に三橋を引っ張っていく。
「あ、で、でも、阿部君の欲しい モノ―」
「あ〜、アレね。
アレは………。
あ、そうだ!
阿部は、三橋と自分とのバッテリーで甲子園行く約束をして欲しかったんだよ」
「…今更だけどな」
小声で突っ込みはしたが、泉も他にうまい誤魔化し方は思い付かなかった。
「阿部君………。
そう、だったんだ。
お、オレ、頑張る よ!」
「オレもゲンミツに頑張るぞ!
で、みんなで甲子園行こうぜ!!!」
「うん!」
上機嫌で天然二人組が部室を後にした後、疲労とも哀感ともとれる溜め息が次々に零れた。
(…一瞬でも阿部をまともなヤツだと思ったオレって………)
一番ショックを受けてうなだれる花井の肩に、栄口が同情気味に優しく手を置く。
「チームメイトを信じる気持ち、大切だと思うよ」
「人を見抜く力って、主将には必要だよな」
主将の不甲斐なさに苛立つ泉は、せっかく取り戻しかけた花井のプライドを見事に粉砕した。
「―で、この二人、どうする?」
「水谷はオレが叩き起こしてでも連れ帰るよ。
阿部に投げ付けたの、オレだし」
「阿部は?」
「放っておいていんじゃね?」
「…そうだよね、諸悪の根源だし」
「根源かどうか、今回はちょっと怪しいけど―」
(目を覚ました後の阿部に突き合わされるのはごめんだ―)
気味の悪い笑みを浮べたまま白目を剥いて倒れたままの捕手を残し、満場一致となった部室内はやがて明りが消えた。
080222 up
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