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人として軸がブレてる
20XX年2月4日編(前)



今朝の阿部くん、何だかすごく落ち込んでた。
廊下で会った時、虚ろで顔色も悪くて。
オレと一緒にいた田島君が声をかけるまで、こっちに気が付かなかった。
オレと目が合っても、まるでいたたまれないかのようにすぐに目を逸らしたりして。
それが、オレにはただならぬ様子に見えて。

オレなんかが、役に立つなんて思えなかったけれど。
でも、大事なバッテリーだから。
だから、少しでも彼の気持ちが軽くなるなら。
と、昼休みに弁当をかきこんで、急いで7組に向かった。

教室を覗くと、阿部君は花井君や水谷君とは離れて、自席でぼんやりとしていて。
二人も、阿部君を気にしている風で。
だけど、ちょっと距離を置いているような感じもあるのは、二人が何だか遠い目をしているように見えるから、かな。

阿部君は、きっと昼食さえ食べていないんだと思う。
食事ができないくらいのダメージなんて、本当に珍しい。
オレは、思い切って声をかけてみようと彼に近づいた。



「あ、あの、阿部く、」

「…何でこんなことになっちまったんだ………」



オレに気づいていない阿部君は、そう零してから机に突っ伏してしまった。
よく分からないけれど、何かをひどく後悔しているみたいだ。
どうしよう。
何て声をかけてあげたらいいんだろう。



「大切な日だったのに…」



大切な日。
誰かの誕生日とか、何かの記念日だったんだろうか。



「何一つできなかった…」



お祝いできなかった、とか、プレゼント渡せなかった、とか、そういうことか、な。
それは、ショックかもしれない。



「…食うか食わせるか悩んでいるうちに、居なくなっちまうなんて」



………へ?食う?食わせる?

阿部君、何のことを言っているんだろう。



「でも、決めかねるよな…どっちも捨て難いしな。
けど、やっぱ男は決断力が重要だよな…」



決断力…、好きな食べ物が二つあって、どちらかを食べて、もう一つは誰かにあげなきゃいけなかった、とか?
でも、大事な日とはどうにも結び付かない。
それに、阿部君はそこまで食べ物にこだわる方でもない、と思う。
じゃあ、一体何なんだろう。



「豆、食いたかったな…」



オレは、その一言ではたと気がついた。
そうだ、昨日は節分だった。
ということは、あの炒った大豆が食べたかったのか。



「夢にまで見た大切な憧れの二粒だったのに…」



二粒?!
たった二粒が食べられなかったなんて、阿部君ちは、そんな高価な豆を買うのか??



「けど、棒を食わせたかったのも事実なんだよな…」



棒…?

巻き寿司でも鰯でもなくて、棒?
鬼が持ってるアレか、な?
でも、あれは食べ物じゃない、から、阿部君が食べさせたかった人も、困るんじゃ………。



「あの細い身体に、オレの棒を思い切り食わせたかったのに…、くそっ」

「???」



阿部君の棒って、………何だ?



「あーーーーーっっっ!!!」



何の糸口も見出だせないまま悶々としていると、阿部君が急に大きな声をあげて立ち上がったから、オレは思わずその場で飛び上がった。



「何てことだ!
二者択一だなんてせずに、一挙両得にすれば良かったんだ!!」

「???」



今、阿部君何て言ったんだ?
何かの呪文、か?



「そうだよ!豆食いながら、棒を食わせるなんて、簡単に出来るじゃないか!
流れとしても至極普通だし………、くっ、オレとしたことが…一生の不覚だ!」



次の言葉は、何を言ったのかはだいたい分かったけれど。
意味は全然分からなかった。



「三橋、三橋、こっちっ」



小さな声でそう呼ばれて振り向くと、花井君と水谷君が青い顔をして手招きしている。
何だろうかと思っていると、背後から急に肩を掴まれた。



「ひっ、」

「なんだ、三橋。
こっちまで来てくれてたのか」



いきなりだったからつい驚いたけど、振り返った先にあったのは、まるで憑き物が落ちたみたいな阿部君のすごくいい笑顔で。
阿部君、よく分かんないけど、元気になったんだ。
って思って、オレは泣きたいくらい嬉しくなった。



「あ、阿部くん、」

「三橋、」

「うん?」

「やり直そうぜ、節分」



やり直す?
一緒に豆まきしたいってことかな?



「学校じゃ何だから、さ。
今夜、オレの部屋でどう?」

「は、い?」



なんで夜?なんで阿部君の部屋?
そして、なんで阿部君は照れているんだ?



「あ、でも、オレんち弟も親も居るからヤバいかな。
お前んちも親居るよな?」



家族が居ちゃいけない節分て何だ?



「うーん…、仕方ねぇな。
ちょっと落ち着かないかもだけど、部室ですっか」

「部室?」

「皆が帰ってから、な?」



どうして、皆が帰った後なんだ?
皆でやった方が楽しいと思うんだけど。



「そんな不安げな顔すんなよ。
…優しくすっからさ」



目元を赤くして、潤んだ瞳の阿部君。
風邪、ひいてるのかな?
優しくするって、つまり、オレが鬼で阿部君が豆を投げる、のか?
オレも投げたい、んだけど、阿部君に鬼になってもらうのも、悪いし…。
それに、やり直したいくらい、楽しみにしてたんだから。



「あ、の、」

「三橋…」

「オレ、鬼やるよ」

「マジで?」

「うんっ」



阿部君は感極まったように、口に手を当て、言葉を詰まらせた。



「…サンキュな、三橋。
オレの棒、存分に味わわせてやっから」

「へ?ぼ、棒?」



さっきから阿部君が口にしている「食べる棒」って何なんだ?
オレは鬼なんだから、棒は食べるんじゃなくて持つんだと思うんだけど。

そんな疑問なんて解決させないと言わんばかりに、にじり寄りオレとの間合いを詰める阿部君。
その顔は恐ろしいくらい真剣で、オレは無意識に後退る。



「―だから、お前の豆はオレに食べさせて」

「お、オレの豆??
オレ、今日豆なんて持って、ない」

「いつも持ってんじゃん」

「???」



阿部君の手が、オレの胸辺りにゆっくりと伸びてきた。





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