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人として軸がブレてる
MIHASHI1/2編 5
「で、いい修業スポットがないかと、地元のガイドに尋ねると、親切にも案内をしてくれてね。
様々なジャンルの猛者が必ず訪れるという『呪泉郷』に連れて行ってくれたわけだよ」

「『じゅせんきょう』?」

「小さな泉がたくさんある集落さ。
そこでは、泉の一つ一つに、古くから伝わる伝説がいろいろあってね、」

「野球と全然関係ないじゃん」

「三橋君、それと君の息子の変体ぶりとどう関係があるんだい?!」



(へ、変態…)



己の誤謬に気付かず、三橋はこっそり落ち込んだ。



「まぁまぁ。
最後まで聞いてくれよ、阿部君」



三橋の父は、尚も自分のペースを守り続ける。



「それでね、ガイドの説明を聞きながら、どんな修業をさせようかと思案していたらさ、廉のヤツが、」

「あ、あれは、お父さんも 悪、い!」

「廉、すぐに人のせいにするもんじゃない!」

「でもっ、」

「な、何?
何があったの?」



親子で会話をさせていては埒が開かないと踏んだ阿部家の次男は、話の先を促した。



「あぁ、それでね。
私がこう、周囲の環境を確認しようと歩いているところにだね、廉が急にしゃがみ込んで、泉の中を覗き込んでいたりするから、うっかりぶつかっちゃって、」

「ち、違う!
靴 紐、解けて…。
オレ、ちゃんと端っこ、いたの、に」

「つまり、おじさんの不注意なんだね」

「人のせいにしているの君だよ、三橋君」



皆からの非難の言葉を、三橋父は咳払いで誤魔化した。



「まぁ、それで廉のヤツが泉に落ちてしまって…。
そしたら、ガイドが慌てだして、」



―あいやー!お客さん何てことを!
この泉は1200年前、美しい娘が溺れたという悲劇的伝説があるのだヨ…。
以来、ここで溺れた者は皆、娘の姿に変わてしまう呪い的泉。
…ほら見ろ、娘になてしまた!―



「という訳なのさ」

「…そんなふざけた泉、世の中に存在するんだ」

「まさに悲劇!」



阿部家の人々は、三橋の不憫さに同情した。



「大丈夫だよ〜、お湯をかぶれば元に戻るんだから」

「大丈夫、じゃ、な い!」

「哀れ、廉君…」

「この人、オレのお父さんじゃなくて良かった…」



その時、先程から微動だにしなかった阿部の手が、掴んだままだった三橋の手に少し力が加わった。
うっかり目の前の存在を忘れていた三橋は、慌ててまた謝る。



「あのっ、あのっ、ごごごごめっ」

「兄貴、いつまで落ち込んでんだよ。
さっきの話聞いただろ。
三橋さん、可哀相だよ」



可哀相なのは、きっと阿部の方だ。
自分を許婚として、あんなに優しく迎えてくれていたのかと思うと、三橋は申し訳ない気持ちで胸が詰まりそうになる。



「あの、ホントにごめん、なさいっ。
でも、あの、オレっ」

「………だ」

「へ?
な、何?」



ちゃんと阿部の言葉を聴こうと顔を近付けた途端、三橋は阿部に恐ろしく強い力で身体を締め上げられた。
否、思い切り抱き締められた。



「ぐぇっ、あ、あべ、くっ」

「最高だ…」

「は、い?」

「最っ高の許婚だよ、お前!!!」

「???」



阿部の言葉の意味が、三橋には全く理解できない。
ショックで、おかしくなっしまったとしか思えない。



「おーい、兄貴。
だから、三橋さんは男だって」

「だから、最高なんだっつってんだよ!!!」

「はぁ?」



少しだけ腕の力を緩めた阿部は、三橋を真っ直ぐに見つめる。
阿部の真剣なまなざしに、三橋は思わず息を飲んだ。



「男なら、ホントの意味で…、ちゃんとしたバッテリーとして、一緒に甲子園行けるだろ」

「あ…」



その言葉に、三橋はうっかり感動すら覚える。



「約束したからな、絶対に行こうぜ」

「阿部、君…」

「いや、それと許婚の話は関係ないし」



弟の突っ込みを軽くスルーし、阿部は優しい笑みを三橋に向ける。



「オレは、男とか女とか、そんな些細なことを気にするような男じゃねぇよ」

「阿部君、」



なんて心の広い人だろう。
自分のふざけた体質を笑うでもなく、男であったことを責めるでもなく、一緒に甲子園に行こうとまで言ってくれる。



「あ、ありがと。
オレ、阿部君 好きだっ」

「三橋…」



許婚なんかじゃなくても、彼とならきっとうまくやっていける。
本当の友人になれると、三橋が確信した時だった。



「オレも、お前が好きだよ。
だから、何も心配すんな」

「うん!」

「あ、でも、将来的にはさ。
やっぱ、子供の顔は見たいから、そん時だけは、女で居てくれよな」

「!!!」



阿部はまだ、自分を許婚として諦めていない。
というか、許婚としか見ていない。
己の勘違いに気付いた三橋は、速攻逃げ出したかったが、阿部の腕力には敵わなかった。



「それ以外は、男で居ていいからさ。
てか、むしろ男で居てくれた方が、学校とかでも一緒にいられる時間が多いし。
お前も、その方が良いだろ?」



(そういう問題じゃなくて!)



「あ、大丈夫。
男同士でどうやったらいいか、オレがちゃんと研究しておくから。
お前は、全部オレに預けてくれればいーから」



(研究しなくていーです!
預けられないです!!!)



「た、たた、たす、けっ」



三橋は、顔面蒼白で周囲に救いの手を求めたが、彼らは早期円満解決の道を選択した。



「良かったな、廉!
優しい許婚で」

「う〜ん、タカがいいってんなら、それでいいか。
約束だったしね。
廉君、跡継ぎを楽しみにしてるよ!」

「兄貴、ホモだったんだ。
オレじゃないからいーけど」

「バカ、ちげーよ!
オレは、三橋だけ許せんだ!」



(いいです、許してくれなくていいです!!!)


心の中でどんなに叫ぼうとも、阿部に聞こえるはずもなく。



「三橋、幸せになろうな!」



既に幸福満喫といった様相の阿部は、同意の返事も確認しないまま、もう一度三橋を抱き締めた。



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(080608)





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