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DOLLシリーズ
新天地

アベ君への愛しさが止まらなくて。
溢れ出る涙も止まらない。

ごめんね、シュウちゃん。
オレは君に酷い仕打ちをしている。
他の人のことを想って泣いているのに、関係のない君を困らせている。
オレの好きな人がシュウちゃんだったら、総ては幸福に進んだのだろうか…。





コテージに戻った時は、既に約束の刻限を過ぎていた。
けれど、アベ君はオレを叱らなかった。
ううん、きっと叱れなかったんだ。


「………なんで、んな顔してんだよ?」


アベ君はテーブルに食器を並べる手を止めて怒ったように聞くけれど、本当は心配してくれているのが分かる。
けれど、本当のことを言えるはずもなくて。
心配かけることは分かっていたからせめて心が落ち着くまでと思って、ゆっくりと家に帰ってきたけれど。
赤くなった目や腫れぼったくなった瞼は誤魔化しようがなかった。


「…シュウちゃんに、酷いこと、したんだ。
だから、………罰が当たったんだ」

「………」


実際、そうだ。
シュウちゃんの気持ちに応えられず、挙げ句にはアベ君を想って泣くなんて。


「−何したか知んねぇけど、アイツはお前を責めたりしねぇよ」


そんなことない、だってそれだけ残酷なことをした。
もし責められないのなら、それはオレの本当の気持ちにシュウちゃんが気づいていないだけだ。


「あまり自分を責めんな、お前の悪い癖だ」


オレは怖い。
シュウちゃんに嫌われるのは自業自得だから仕方がないと思う。
でも、今度はアベ君を傷つけてしまうかもしれない。
……違う、今日のシュウちゃんのように自分が傷ついてしまうかもしれない。
そう、今度はきっとオレの番だ―。


「もう、大丈夫だよ。
遅くなって、ごめんなさい」

「ちゃんと手洗って来い、冷めちまう前に食おうぜ。
食ったら、星を見に行かなきゃな」


アベ君は微笑んでオレの頭を軽く叩く。

そうだ、今夜はアベ君と天体観測するんだ。
朝からずっと楽しみにしていたんだ。

オレは身勝手だ。
あんなにシュウちゃんを傷つけて自分の本当の気持ちに気づいて動揺していたのに、アベ君が笑ってくれるだけで総て帳消しにしている自分がいる。
だって、今確かに胸が高鳴っている。
アベ君との時間を貪欲に求めている。
こんな汚い自分に、どうか気付かないで欲しい。





「ふ、あ〜、す、すごい!!」


オレは思わず出てきた自分の大きな声に、驚いてしまった。
数多の星に覆われた天上と無数のイルミネーションを散りばめた地上とに囲まれ、俺は宇宙にいるような気分になる。


「なるほどね。
どちらの星も眺望できるから絶景の場所って訳か」


アベ君は納得したように頷く。


「中、入るか?」


アベ君がすぐそばにある天文台を指して言ってくれたけれど、オレは首を振って断った。
天文台には大きな望遠鏡もあって、それで見れば更に小さな星も鮮明に映るだろうけれど、オレは人の多い狭い天文台に入るより屋外でアベ君と星を眺めていたかった。

オレはアベ君を独占したがっている―。

まるで他人事のように、新たな気持ちを抱えた自分をそんな風に思う。
そして、それは最終的には叶わないことを自分に戒める。


「時々思うんだ、お前を見てると」

「?」

「お前達はその小さな身体で何を感じて何を思うんだろうって……。
オレは最初からこの身体で、最初から備わっている年齢並かそれ以上の知識と技術があるけれど、人間は一からじゃね?
それって大変だなって」


アベ君は地上の星を見下ろしながら、感慨深げに言う。
今、アベ君の目にはこの世界がどんな風に見えるのか知りたい。


「……生まれた時から、だから、慣れちゃってるし。
大変とは思わない、けど―」


例えば、アベ君のような知識や技術があればオレは未来も今も変えられるのだろうか。


「でもさ、ちょっと羨ましくもあったりすんだ」

「どうして…?」

「オレ達ドールにはないものを、お前は持っているから」


ドールが持ち合わせておらず、人間が持つもの。
身体的成長や死、生殖能力。
それ以外には何があるだろう。
アベ君は、オレの何が羨ましいのだろう。


「オレも、アベ君が羨ましい時 あるよ」

「ふうん、例えば?」

「迷いの無い強さ とか、純粋な優しさ とか…」

「はあ?!」

「へ…?」


アベ君が呆気に取られている。
オレ、そんなに変なこと言った。


「………隣の芝生は青い、か」


そう言って、アベ君は苦笑いする。


「案外、ドールも人間も一緒かもな」

「?」

「レン」

「な、に?」


アベ君はオレを呼んですごく優しい目を向ける。
オレの大好きな漆黒の瞳。
こんなに近いのに、未来永劫手に入らない。


「お前には、自分の意思で掴み取れる未来がある」

「未来―」

「それだけは、やっぱ人間と違ってオレ達ドールは持ってねえよ」


ああ、そうだ。
ドールは生まれながらに役目を負っている。
自身で望める将来なんてどこにもないのだ。


でも…

今のオレはその役割さえ羨んでいる。
オレがドールなら、無謀なことを望まずに済んだんだ。
人として産まれた以上、今更どうしようもないけれど。


「アベ君」

「何だよ?」

「アベ君は今、幸せ?」


せめてもの慰みにそんなことを聞くオレはやっぱり最低だ。
だって、ドールであるアベ君の答えは決まっている。
どんなことがあっても、人を傷つける答えは口にしないから。


「毎日、百面相のお前といると飽きねぇよ」


そう言って、オレの額を人差し指で突いてアベ君は笑う。

ほらね。
絶対にオレを悲しませないように泣かさないように、雑な言葉遣いながらも優しさを失わない。
そして、そんな風にアベ君を見るオレが一番嫌いだ。
どこまで行っても救われない感情を、オレはずっと持て余して生きていくのだろうか。


「あと、一週間だね」

「ん?ああ、そうだな。
二週間後にはお前もカレッジに行くんだなぁ。
こないだまで赤ん坊だったくせに」

「アベ君」

「?」

「好きだよ」


そっと、アベ君の左手を握る。

きっと、その意味は伝わらないだろうけれど。
絶対に叶わないけれど。
けれど、言わずにはいられない。

好きだよ。
本当に大好きで、君を思うだけで胸が痛い。
身体が壊れるんじゃないかってくらい、君でいっぱいなんだよ。


「……オレもだよ」


いいよ。
家族としてだっていい。
それでも、君に思われているオレは幸せ者なんだ。
君はオレの為に生きる役割も持っているから。
オレは君と出会えた偶然と幸運を、大切に、本当に大切にして生きよう。

でないと、オレはきっとどこかで本当に壊れてしまう。





『カナリアン・ビュー』を去る日、初めて知った感情を完全に封印しようと思っていた。
なのに、アベ君。
人はやっかいな生き物で、ドールのような記憶力もないくせに何故か忘れられない思いがあって。
その思いは自分の息の根を止めるだけなのに。
分かっていても捨てられずにいる矛盾を抱えて、オレは、人は生きていく。
けれど、それはオレだけじゃなかったんだね―。



071110 up

(110924 revised)





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