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DOLLシリーズ
初告白

熱と疲労で身体がだるかったけれど、アベ君の卵粥が絶品でオレは必死に食べた。
ゆっくり食えってアベ君に叱られて。
それでもアベ君に構ってもらえることがすごく嬉しくて、笑っていたらまた叱られた。





「お前、オレに聞きたいことがあるんじゃねぇの?」


食事を終えたオレをベッドに寝かせて、アベ君は問う。

アベ君に聞きたい事。
それは膨大にある。
たくさんたくさんあり過ぎて。
でもアベ君に改めて尋ねられて。
オレはアベ君の何かを知りたかったのか、そんな風に思っているオレを知って欲しかったのかあやふやになる。

オレはアベ君の総てを知れば、不安から解放されるのだろうか。
秘密を共有し合えば、アベ君を手に入れられるとでも思っているのだろうか。
それとも…。


「…あのね、アベ君」

「ん?」


オレはベッドからそろそろと右手を差し出す。
アベ君の左手が、いつものようにオレの手を受け止めてくれる。
そこから感じる温度が酷く愛しい。
言葉を重ねるより、こうやって目を合わせてアベ君の瞳の中のオレを見ている方が、心が近くなる気がする。

もしかしたら、オレはこんなささやかな時間の為に、ずっともがいているのかもしれない。


「きっと、オレ…怖いんだ、と思う」

「何が怖いんだよ?」

「明日が、怖い…んだ」

「………」

「だって、明日は何があるか、オレには分かんなくて…。
今してる、ことも、正しいかどうか 分からなくて、」


君を繋ぎ止める方法が見付からなくて―。


「次の朝、大事なモノを失っていたら、って…。
取り返しがつかなくなってたら、って…、だから、」


そうだ。
オレはずっと未来の君を探していたんだ。
君の昔の足跡を見つけては、今の場所との方向や距離を計って、繋ぎ合せて。
そうやって、未来の君の到達地点を予測して。
今は擦れ違うことがあっても、最後の最後は一緒なんだって思いたくて。


なんて馬鹿なんだろう。
そんなことの為に、オレは目の前にいるアベ君を傷付けていたんだ。
今のアベ君を大切にできなくて、何が未来だ。
離れてしまうのは当然だ。


「泣き顔、見られたくないんじゃなかったのかよ」


涙を掬うアベ君に言われて、泣いていることに気がつく。
今日はずっとこんなだ。
この身体のどこに、これだけの水分があるのだろう。
脱水症状が悪化したりしないかな、とまるで他人事のように思った。


「オレも怖いよ」

「え…?」

「明日どころか1時間先も、1分先だって怖ェよ。
先のことなんて、オレにも分かんねェし」


アベ君も?


「そ……なの?」

「だいたい、それを立証したのは昨夜のお前だろ。
居るはずのお前が居なかったじゃねぇか」

「うっ……ごめんな、さい…」


…確かにそうだ。


「だからって、お前を縛り付けておこうとも思わねェけど」

「………」

「さっきはつい引っ張たいちまったけどさ。
でも、それでも、そんな勝手なお前も泣き虫なお前も、全部でレンだろ?」

「……アベ君」

「なら、オレはお前の全部を引き受けて傍にいるよ」

「全部………」


とても優しい目をしたアベ君は、オレの右手を握ったまま、オレの涙を拭いながら続ける。


「オレはお前のもんだし、オレの一番大事なもんはお前なんだから、オレが勝手に居なくなるなんてもう思うな」


嬉しい。

すごく嬉しい。


けれど。
オレはやっぱり心のどこかで、まだ満たされていないことを悟っている。
理由は自分でも分からないけれど。


「アベ君に聞きたい事、ある けど」

「ん」

「もうちょっとだけ、待って」


アベ君に尋ねる前に自分を把握しなくては、オレはまた空中分解し兼ねない。


「オレも、もう勝手にどっか行ったり、しないから」


この手をいつでも掴める幸せを、二度と忘れないように。
君と視線を交わす嬉しさを、いつも覚えていられるように。
そうすれば、今のアベ君を大切にできる気がする。
オレはアベ君の左手を強く握り締め、もう一度彼の目の中のオレを見つめた。





翌日は熱が下がり、三日後には完全に回復した。
その間、アベ君もずっと家にいてくれて、オレは恐ろしいくらいよく眠った。
ずっと眠りが浅かったんじゃねぇのって笑うアベ君は、今でも疲れたような顔を不意にする。
それが、今のオレの気がかり。


しばらく外出していなかったからと、アベ君はオレを天体観測に誘ってくれた。
ここではたくさんの綺麗な星が望めるけれど、特に島の中央にある小高い丘の上にある天文台からの情景は素敵らしい。
オレは天文に詳しくないながらも、星空は大好きだから一日中ソワソワしていた。
夕方、食事の準備ができるまで、自宅から持ち出したデータを自室でこっそり見ていると、シュウちゃんから電話が入った。


『レン、体調どう?』

「もう、大丈夫!
この間はごめ…、じゃなくて、ありがとう」

『ちょっとは学習したんだ』


シュウちゃんは意地悪く笑う。


『あのさ、昨日の晩『カナリアン・ビュー』に来たんだ』

「え?じゃ、もう近く、なんだね」

『親戚のホテルに泊めてもらってるよ。
それでさ、今から会えないかな?』


オレは時計を確認した。


「一時間くらいなら、大丈夫」

『……うん、それでいい』


それから、港で待ち合わせることにして電話を切る。
オレはすぐに1階のリビングへ向かった。


「アベ君、シュウちゃんがこっちに来てるんだ。
ちょっとだけ、港まで行ってきてもいい?」


アベ君はちょっとだけオレを振り返った後、すぐに手元の作業に視線を落とす。
シュウちゃんの名前を聞くと眉を顰めるのは無意識らしいので、オレも気にしないようにする。


「―晩飯、遅れたら抜きだからな」

「大丈夫!
ちゃんと、帰るよ、ありがとう」


オレはアベ君に行ってきますと大きな声で言ってから、外へ出た。



港までかなり急いできたつもりだったがシュウちゃんのホテルは港から近いらしく、すでに港のロビーで本を読んでいた。


「ごめ…、なさい、すぐに、出たんだけど…」


オレはなかなか呼吸が整わずにいる。


「急がなくていいって言ったのに」


シュウちゃんはそう言って呆れたようにオレを見る。
けれど、電話のシュウちゃんの様子がおかしかったことに気がついたオレは、どうしてものんびりと向かうことはできなかったのだ。


「ちょっと待ってて」


シュウちゃんはそう言って、近くのスタンドでトロピカルソーダを買ってきてくれた。


「あり、がと」

「ちょっと外出ようぜ」


オレは、ソーダを飲みながらシュウちゃんの後に続いた。
ロビーから出ると、海から吹く爽やかな風がとても心地良い。
『カナリアン・ビュー』に来た最初の日にアベ君と浜辺を歩いたことを思い出す。
あの時も夕暮れが綺麗で、夕陽に染められたアベ君もとても綺麗に見えた。


「レン」

「うあ、は、はい!」

「…どうしたんだよ?」


全くよそ事を考えていたから、ついシュウちゃんの声に驚いてしまった。


「何でも、ないよ!」


そうだ、今はシュウちゃんの話を聞く為にここにいるんだった。


「まだどっか治ってないんじゃねえの?」

「そ、そんなことないよ!」

「ジョークだよ」


シュウちゃんは可笑しそうに笑った。
その顔を見てホッとする。
シュウちゃんの様子がおかしいと思ったのは気のせいかもしれない。
けれどそう思えたのは一瞬で、シュウちゃんはすぐに神妙な顔になってしまった。


「レン、この間言ってた話なんだけど…」

「うん、なに?」

「……オレさ、来月から『ロスマリン』へ行くことにしたんだ」

「え?『ロスマリン』て……」

「ドールの最高技術を持ったあの国だよ。
親父を通じて知り合った博士が呼んでくれたんだ」


オレも『ロスマリン』を知っている。
ドール製作に携わる最高権威が終結した国。
お母さんたちも何度も研修や学会で行ったとアベ君が言っていた。
そこでならとても充実した研究ができるだろう。


「シュウちゃん、すごいね!おめでとう!」


オレは自分のことのように本当に嬉しくて、無意識にシュウちゃんの手を握り締めていた。


「サンキュ、どこまでやれるか分かんねぇけど、やれるだけやってみるよ」


そう言って、シュウちゃんはオレの手をもう片方の手で上から握り返してくれた。


「そんな話だったら、この間の時に、してくれても良かったのに―」

「話はこっからだよ」


またシュウちゃんの顔が真剣になる。
オレはシュウちゃんの意図が読めなくて、頭の中は疑問符だらけだ。


「あのさ、レンも一緒に来ないか?」

「ふぇ?」

「『ロスマリン』でなら、レンの才能ももっと伸びるよ。
昔みたいに一緒に研究してさ、そんで…一緒に暮らそう?」


オレは頭がついてきていない事を自覚した。
言葉の意味は分かるのに、シュウちゃんの気持ちが分からない。


「どうし、て?
オレ、来月からカレッジあるし、それに、オレが呼ばれたわけじゃ―」

「博士にはレンのこと話したんだ。
そしたら、一緒に来ていいって」


何言ってるの、シュウちゃん?
オレ、分かんないよ……。


「オレ、レンをもう離したくないんだ。
オレが通学止めちまったから、レンを一人にしちゃったし。
それに………」


分かんない、よ。


「オレ、レンが…、レンが好きだから。
だから、ずっと一緒にいて欲しい」


シュウちゃんの言っていること、分かんないよ。


「オレも、シュウちゃん好きだ、よ」


でも噛み合っていないと感じるのは、どうして―?


「レン、好きっていうのはこういうことだよ」


次の瞬間、オレは何が起こったのか理解するまでに時間がかかった。
にも拘らず、身体は本能で反応していた。

シュウちゃんは、握ったままだったオレの手を身体ごと引き寄せ、オレの額に掠めるように口付けた。
そして、そのままオレの肩を抱こうとして―。


「………レン」


シュウちゃんはオレに突き飛ばされた。
ただそれだけのことをするのに、オレは息を切らしている。

落とした紙コップから零れた青い炭酸水が、氷と共に地面の色を変える。
その様を見て、ようやくシュウちゃんの心を、自分の思い全てを理解できた。


「ごめん、ね。
オレ、シュウちゃんのこと、大好きだよ。
……でも、違うんだ。
ごめん、ごめんなさい………」


「レン―」


シュウちゃんはオレに手を伸ばしかけたけれど、途中で躊躇ったのはオレが泣き出したから。


「ごめん、ごめんね―」

「泣くなよ…。
別にオレ、覚悟はしていたから、さ。
それに…、親友には変わりねぇよ」


シュウちゃんは躊躇っていた手で、結局オレの頭を撫でてくれた。


ごめんね、シュウちゃん。
今泣いているのは、君に対する贖罪からでも君を失う不安からでもない。
君の感情に触発されて、溢れてしまったオレの欲望。
オレは、こんな時に君以外の人のことを想っている。


アベ君、アベ君、アベ君―。
オレが足りないと思っていたモノ、やっと見つけたのに。
オレはそれを手に入れることは、きっと一生できないんだ。





幼いながらに社会のルールを理解していたあの頃のオレは、もしかしたら今の自分より殊勝だったのかもしれないと、時折可笑しくなる。
けれど、大人に近づくにつれ狡さを覚えていって。
愚かさに気づかぬふりして、今はパンドラの箱に手を伸ばそうとしている―。
アベ君。
こんなオレを、君は許してくれるだろうか。





071109 up

(110924 revised)



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