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DOLLシリーズ
未成立

夏休み、アベ君と出かけた場所は『カナリアン・ビュー』。
避暑地として名高い大きな孤島は、綺麗な海と大きな樹々のある静かな処だ。
お母さんとお父さんのお気に入りの島だとアベ君が教えてくれた。
ここでオレとアベ君は、カレッジの入学式までのひと月を過ごす。


オレ達が滞在するコテージからは海がとても近い。
オレはアベ君にねだって、荷物を片付けてから浜辺を二人で散歩する約束を取り付けた。
ある程度の整理を終えて、オレは2階にあてがわれた部屋でディスプレイをそっと開く。
新着メールが1件。
シュウちゃんからだ。
アベ君のことを聞いて以来、シュウちゃんから頻繁にメールが来るようになった。
かなり心配させているらしい。
オレはその度に大丈夫だと返信するけれど。
本当に大丈夫なのだろうか。
オレは自分の力で、アベ君を守ることができるのだろうか。

日に日にオレの前に姿を現すアベ君の軌跡。
そこには何の不可解さもないのではないかと思うくらいに、特異性のない情報。

最初に見付かったデータは、ミホシ・ラボラトリー創設の翌年のドール管理データ。
今から65年前のこと。
メンテナンスリポートにアベ君のプロットナンバーがあった。
これがドールのアベ君に関する最初の記録。
結果は問題なし。
翌年以降は、実験データやメンテデータにアベ君のナンバーを定期的に見ることができる。
人とのライフサイクルの適合性とか、プログラム微調整とか、一般的な結果ばかり。
それから2年後には、ミホシ・ラボラトリーは創設者にアベ君を譲渡している。
つまり、この年にアベ君の所有権はミハシ一族に移行されたのだ。
個人の所有になれば、それ以降の詳細なデータは公表されないのが通常だ。
だから、後は自宅のデータを探るしかない。
でも、オレが自宅にいる時はアベ君もいることが多いから、一番近い情報の方が入手困難だなんて、変な話だ。

唯一、不可解な記録がネットでヒットした。
最初に見た時は、背筋に悪寒さえ感じた。
オレが目にしたのは、ちょうど70年前のニュースログ。
恐らく、シュウちゃんが疑念を抱くに至った犯罪記録。
それは、ある地方で起きた一家惨殺事件だった。
住人は刃物で切り裂かれた後、家ごと燃やされた。
焼け跡からは、住人夫婦の2遺体と同居していたドールが1体出てきたという。
そこでただ一人、夫婦の子供の遺体が見つからなかった。
その子供の名は『アベ タカヤ』。
アベ君と同じ名前。
タカヤ少年はその後の捜索でも見つからず、10年後に捜査は完全に打ち切られている。
少年の写真も掲載されていたが、小さく不鮮明で確証には至らない。

この事件さえ省けば、一見不審に思わる記録はない。


けれど。


『データには改竄された跡だってあった』


そして、もしアベ君が行方不明の少年と関係があるのなら。


『監理局に通報することだってできるぜ』


でも、それならどうして―?
何一つ、繋がらない。


「レン!片付け終わったか?」


1階からアベ君の呼ぶ声が聞こえて、オレは慌ててディスプレイの電源を落とす。


「うん、もう終わる よ!」

「じゃ、降りて来いよ。
お茶入れっから」

「すぐ行く!」


夏休みの間は考えないでおこう。
そんなことを思った時もあったけれど、アベ君の過去と向き合う度に焦燥感に駆られる。
そして、今も時折見せる疲れたような顔。
一日でも早く、いつものアベ君に戻って欲しい。
子供のオレに何ができるか分からないけれど、アベ君はオレの家族だから。
この間のような悲しげな声は、もう聞きたくない。
決めたんだから、アベ君を守るって。
だから、オレは真実から逃げない。


お茶の後、アベ君は約束通り散歩に付き合ってくれた。
オレはあまり海を訪れる機会がなかったから、どうしても海水に惹かれて。
波のすぐそばを歩いては、時折足を濡らしてみた。
昼間は碧と緑の世界だったのに、今は赤と橙に彩られている。
浜風もひんやりとして気持ちが良い。


「お前、一度ここに来たことあるんだぜ」

「え?ホ、ント?いつ?」

「お前が1才になった年の夏」


ルリが遠征に出る前にどうしてもって言って、ユウトと3人で来たんだってアベ君は言う。


「アベ君は一緒、じゃなかった の?」

「家族水入らずの邪魔なんかするかよ」


アベ君は笑うけど、オレの胸には痛みが走る。


「だって アベ君は、オレの家族 だ。
居ないの、おかしい」

「バァカ、それは今の話だろ。
あん時も一緒に住んではいたけれど、オレはルリ達がいない間のお前のベビーシッターみたいなもんだったからな」


ドールには必ず役割がある。
けれど、その時のアベ君にはオレの家族という役割はきっと無かったんだ。
本当はドールの役割が変わっていくことなんてないけれど、アベ君は違う。
それについても、オレはアベ君に聞くことができずにいる。

もしお母さん達が生きていたら、オレはアベ君と家族になっていなかったのかな。
今の生活が幸せだと言うのは、お母さん達が居ないことを喜んでいるようでなんだか辛い。

ふと、隣を歩くアベ君を見上げる。
夕陽が漆黒の髪と瞳に赤い輝きを宿らせている。
海から運ばれる風に気持ち良さそうに目を細めて、アベ君はどこか遠くを見ていて。
真直ぐに伸びた背筋は、アベ君の強さを表す。
右手はポケットに突っ込んでいるけれど、オレのすぐ横にある左手は晒け出されたまま。
いつもそう。
いつでもオレの手を引けるように、いつでもオレがその手を掴むことができるように。
オレが十三になった今も、アベ君は変わらない。

―何だろう、今オレを支配しているこの感情は。

アベ君に触れたい。
アベ君の温度を感じたい。
アベ君にオレだけを見て欲しい。

だって、アベ君はこんなに近くにいるのに、アベ君の心の中には何があるのか、オレには全く分からない。
隣にいてくれることがとても嬉しくて、苦しい。
いつからだろう、アベ君といることが苦しいだなんて思うようになったのは。


「レン?」


急に黙り込んだから、アベ君は立ち止まって心配そうにオレを見る。
アベ君の目の中のオレが赤く揺らめく。

心臓が止まりそうだ。


「……………」

「どした?」


オレはアベ君が―


「どっか具合悪いのか?」

「…………」


否定するだけで良いのに、言葉が出ない。
屈み込んでオレを見るアベ君の胸にいつの間にか飛び込んで、オレはアベ君のシャツを握り締めていた。


「…レン?」


変だよ、オレ。
アベ君の所有権はオレにあるのに、アベ君はずっと傍に居てくれると約束してくれたのに。

アベ君の鼓動と体温を感じて、ホッとすると同時にまた苦しくなる。
切ないはずなのに心地良い。

やっぱり、オレ変なんだ。


「本当にどうしたんだよ?」


オレは何も言いたくなくて、ただ首を横に振る。
どうしよう。
アベ君を困らせたくないのに、またアベ君を困らせている。


「………ホント、お前ってしようのないヤツだよなぁ」


アベ君は呆れたように言うけど、声は笑っている。
深く胸に届く優しい声。
そして、温かい大きな手。
オレの頭を軽く叩いて。

オレは溢れそうになるたった一つの言葉を必死に飲み込み、穏やかな波の音にそっと隠した。




胸に溢れたあの時の言葉の意味を理解できたのは、すぐ後のことだった。
けれど、それがオレ達の距離を作ってしまうなんて思いもしなくて…。
そして、今でもオレの願いは消えないまま。
アベ君、どうしてオレは人として産まれてしまったんだろう。
どうして君と出会ってしまったのだろう―。



071031 up

(110924 revised)




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