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DOLLシリーズ
再構築

久しぶりに君の隣で目覚めた朝、オレは君の寝顔を見て勝手に零れてきた涙に驚いた。
冷たい朝の空気に覆われた。静寂で穏やかな町。
家の中には君とオレ。
二人の体温が留まる暖かなベッド。
どうかいつまでもこのままでいられますように―。
そう願いながら見つめた君の子供のような無邪気な寝顔を、オレは今でも鮮明に思い出せる。




シュウちゃんとアベ君が言い争っていたことについて、オレとアベ君が話をすることはなかった。
ただ、やはりアベ君は時折疲れたような顔をしている。
その原因は何か、オレには全く分からなかったけれど。
そのことも含め、オレは一度もアベ君には尋ねなかった。
本当は知りたいこと、聞きたいことが山のようにある。
どこから手をつければいいのか分からないくらいに。
けれど、あの時のアベ君の叫び声。


―余計な事しゃべんな!!!―


あんな悲壮な声、聞いたことがなかった。
オレには、それがアベ君からの最大の警告に受け取れた。
あの一件に触れたらアベ君が本当にいなくなってしまいそうな気がして、だからオレは絶対に口にはしないと決めた。
何でもするから傍に居てほしいとオレは最後の我儘を言ったのだから、これ以上望んではいけない。
けれど、それでもオレは密かに調査を始めていた。



「課題用のパーツ?」

「うん、今ね、簡易式ロボットを作ってる、んだ」

「ふうん」


ステーションまでアベ君に送ってもらいながら、放課後の話をした。
最近、何かにつけ帰りが遅くなることを告げるのでそろそろ怪しまれやしないかと不安になる。
それでもどうにか時間を作るべく、オレはあの手この手と考える。


「だからね、ファクトリーに寄ってから帰っても いい?」

「…じゃ、用事が済んだら連絡しろ。
ステーションに着く頃合を見計らって迎えに行くから」

「うん!」


アベ君は余程のことがない限り、オレの送迎を欠かさない。
自宅がステーションから遠いことが一因だ。
だから、寄り道してもセミナーが長引いても必ず迎えに来てくれる。
けれど内緒の行動をとるようになってからは、まるで拘束されているように感じている自分が、ひどく嫌だった。


昼休み、食堂のテラスに出てシュウちゃんに電話をする。
この間追い返してしまったことを謝りたかったから。−ううん。
謝りたいなんて、ただの口実だった。
本当は探って口止めをしたいだけだ。
あんな酷いことをしたのに。
あの日から、オレは自分がどんどん嫌いになっていく。
昼間は暑さのために外に出る生徒が少なく、オレは異様に静かな庭を見下ろしながらシュウちゃんの声を待った。
シュウちゃんは3度目のコールで出てくれた。


「この間は、ごめん ね」

『あ…、いや、アレはオレも悪かったよ。
ゴメン―』


シュウちゃんもアベ君と同じで優しい。
それを分かっていて、オレはそこに付け込むんだ。


「あのね、アベ君のこと、誰にも言わないで」

『レン…』

「お母さん達が遺してくれたたった一人の家族、なんだ」

『……』

「シュウちゃんはオレが心配なんだ、よね」

『そりゃそうだろ。
確かにお前の親から譲り受けたドールなんだろうけど。
でも、オレ達にはアイツが何なのかなんて本当のところわかんねえじゃねェか』

「シュウちゃん、お願いがあるんだ」

『何?』

「シュウちゃんが知っているアベ君のこと、教えて」

『レン…』

「それで、ちゃんと考えるよ。
これからどうしていくのか、ちゃんと自分で、考えるよ」

『…絶対だぞ?
ヤバかったらオレにすぐに言うんだぞ、監理局にも連絡するって誓えるか?』


ごめんね、シュウちゃん―。


「うん、誓う よ。
だから、今は秘密に してほしい」


シュウちゃんが通学していたのはほんの数年で、その後はラボに入って研究尽くしの毎日を送っている。
義務教育期間は通学が原則だけど、定期テストで一定の成績を修めていれば自宅学習を認められる。
だから、シュウちゃんとはテスト期間にしか会うことがない。
たった一人の親友だったから、時折、互いの家にお泊りをすることもあった。

シュウちゃんの所属するミホシ・ラボラトリーは、本当はミハシ一族が創設した研究所だ。
けれど、お母さん達が遠征に出るのをきっかけに、ラボはシュウちゃんの家に譲渡したってアベ君は言っていた。
ラボに入りびたりのシュウちゃんはある時、ちょっとした好奇心でアベ君のことを調べたらしい。
昔のアベ君のことが分かったら、お泊りの時にオレに話して驚かせようと思ったのがきっかけだったと。


『おかしいだろ』


考えたことがなかったオレはバカだ。


『ドールが独自のファミリーネームを持つわけないんだよ』


アベ君は家族であって家族でない…?


『アイツ、ミホシブランドじゃねえんだ』


でも、ひいおじいちゃんが作ったって言ってた。


『そう、だからおかしいんじゃないか』


そうだね、おかしい。
だって、ドールは―


『しかもレンの家族は皆ドールを造れたってのに、どうしてアイツをいつまでも稼動させているかってことだよ』


オレは今まで、分からないふりをしていただけなのかな。
ファクトリーで数多並ぶシルバーのパーツを眺めてはいるけれど、必要な物を頭も目も探しきれない。
思考は全て、昼に得たアベ君の情報とオレの形にならない推測で支配されてしまっている。
シュウちゃんと話したことで本当に知らなかった事実も手に入れたけど。
そのほとんどは当たり前のことで。
オレがちっとも気にしていなかっただけだった。
アベ君を急に遠く感じる。
お母さん達の存在にすら、違和感を覚えてしまう。

物心ついた時には、オレの世界にはアベ君しか居なかったから。
アベ君はオレにとって正義であり、唯一無二の真実だ。
アベ君を否定することはオレの生きた時間を全て否定することになるから。
だから自分に目隠ししていたのかな。

気がつけば、ファクトリーで一時間以上も過ごしていた。
結局、店員に聞いて必要なものを購入し、ファクトリーを出てからアベ君にメールをした。
いつもは電話をするけれど、普通に振舞える自信がなかった。
リニアモーターカーに乗り込んで、オレは平静な自分を必死に思い出す。
あと10分もしないうちにステーションに着いてしまう。
それまでに、オレはいつものオレに戻らなきゃダメなんだ。


「…ひでェ顔」


オレの姿を見て開口一番、アベ君は呆れたように言った。


「う、え…?」


アベ君の言った意味が分からない。
全然泣いていないし、努力の甲斐あってか今は頭の中を空っぽ状態にできているのに。
オレ、今どんな顔をしているんだろ。


「学校でなんかあった?」

「う、ううん!なんでもない、よ!!」


平気だよ、とオレは笑ってみせる。
アベ君は胡散臭げにオレを見ていたけれど、そのことにはもう触れなかった。


「もう少しで夏休みだな」

「え?あ、そ、そうだね」


急に違う話をし始めるから、オレは思考回路をショートさせそうになる。


「秋からはお前、カレッジできっと忙しくなるからさ」

「うん?」

「どっか行ってみっか」


え?

オレはすごく驚いた。
小さい時は、何も知らないオレにいろんなモノを見せるためにいろんな所へ連れて行ってくれたけれど、最近はオレが行きたいって強請らない限りは出かけることなんてなくなっていたから。


「嫌なら別にいいよ」


子供っぽく拗ねるアベ君にオレは慌てる。


「イヤじゃない、よ!
行く!行きたい!!」


嬉しい、すごく嬉しい。
さっきまでぐるぐる悩んでいたことが簡単に身体から散って行ってしまうみたいに、急に全部が軽くなる。

まだ、何も分かっていないけれど。
まだ、何も解決なんかしていないけれど。

たった一言でオレの世界の色を変えてしまうアベ君は、まるで魔法使いだ。
オレの嬉しいことと楽しいことは、全部アベ君が与えてくれた。
オレの悲しいことと寂しいことは、全部アベ君が消してくれた。
ずっとオレだけの魔法使いでいてくれたらいい。
そして、オレはいつかアベ君の魔法使いになるんだ。
君が幸せでいてくれるように。

オレはバイクに乗ろうとしていたアベ君の腕に飛びついて。
バランスを崩しかけたアベ君に思い切り叱られた。




オレが探していたパズルの欠片のほとんどは、いつも目の前にあったんだね。
けれどピースの嵌め方をまだ知らなかったオレは、かき集めても繋ぎ方が分からず、途方に暮れて放り出して、またかき集めて、の連続で…。
今のオレは、少しのピースを手繰り寄せるだけでどんな完成図も予想できるようになったけれど、君に辿り着く答えはその分遠くなったような気がするよ。
でもね、アベ君。
オレのあの頃の夢は変わっていない。
君にかける魔法を、今でも探しているんだ。




071027 up

(110924 revised)




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