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DOLLシリーズ
超法規

リビングに居たのは、アベ君と、まだここに居るはずのないシュウちゃんで。
オレには何が起きているのかさっぱり分からなかった。
ただ、シュウちゃんの言葉の意味が知りたくて、けれど怖くて…。

オレは酷く動揺した。





「今日は、帰りにステーションで、シュウちゃんと待ち合わせにしたから、お迎えはいいよ」


朝食のスクランブルエッグを堪能しながら、アベ君に夕方の予定を話す。


「おう」


アベ君はカンパーニュを囓りながら無愛想な返事をした。
昨日の買い物の後はいつものアベ君だったのに、今朝はかなり難しい顔をしている。
でも、シュウちゃんは関係ないのは分かる。
昨日の不可解なアベ君とはまた違う、疲れたような暗いような、寂しい顔。


「アベ君、具合、悪いの?」

「ん?
別に、いつも通りだよ」


そう言いながら、テレビのニュースをぼんやり観ている。

…やっぱり、変だ。


「今日、シュウちゃんにお泊り、止めてもらう よ」

「はああ?!またその話かよ!
だから、怒ってねぇって何度―」

「違う、よ!!」


オレが急に大きな声を出したから、アベ君は驚いて言葉の続きを飲み込んでしまった。


「そうじゃ、なくって…」

「…?」


オレは身体を伸ばして、向いに座るアベ君の頬に右手で触れた。
意味なんてなくて、ただそうしたくて。
アベ君は目を丸くしていたけれど、オレを拒否しない。
オレの掌よりも少し冷たい頬に、胸が痛んだ。


「アベ君、疲れてる…」

「は?」

「オレ、まだアベ君のメンテできないから…、ちゃんと分からない けど、でも…」


こんな時、オレはもっと早く大人に、お母さん達のような立派な科学者になりたい、なんてどうにもならないことを考えてしまう。
アベ君はオレにたくさんのものをくれるのに、オレはバカで子供だから何もしてあげられない。
そう、こんな時ですら―。


「疲れてなんかねぇよ。
ただ、眠りが浅かったみたいで頭がぼんやりするだけ。
身体動かしてりゃ、すぐ治るよ」


アベ君は、オレの右手に大きくて温かな手を重ねて、優しく笑ってくれる。
そっか、オレ今きっと泣きそうな顔をしているんだ。
アベ君がそんな表情を見せるのは、大抵そんな時で。
だから、オレもアベ君に心配をかけないように笑ってみせる。


「無理、しないでね」


ドールは人間より繊細で、人間より情深い性質を持つ、人間の為に創られた精密機械。
テキストにはそう記していた。
アベ君を機械だなんて思ったことは一度もないけれど、ドールの性質は総てアベ君に当て嵌まっているから。
だから、子供のオレにでもできることは全部したいんだ。


その後、学校でレクチャーを受けている間も、オレはアベ君が気になって仕方がなかった。
きっと今頃、完璧なまでに家事をこなし、手を抜くことなくたくさんの御馳走を作ってくれていることだろう。
オレはこっそりタイムテーブルをディスプレイの端に開く。
午後の6時限目はグラマー、だったよね…。
今の状態で先生の話なんて聞いても、どうせ上の空だ。
オレは、授業の振替申請をすることに決めた。


昼下がりの街は、思ったよりも陽射がきつくて、リニアモーターカーの中にも差し込んでくる。
長袖のブラウスを着てきたことを恨めしく思った。
アベ君の言う通り、半袖にすれば良かった。
ステーションの改札口を出ると、ちょうど目の前にバスが見えたので、オレは迷わず飛び乗る。
冷房が僅かに効いていて、先程よりずっと心地良い。

20分もすれば、家に着く。
アベ君の様子を見て、それからシュウちゃんを迎えに行こう。
今頃、振替許可の通知メールがカーボンで届いて、アベ君は驚いているだろう。
けれど、怒られたって構わない。
レクチャーはいつでも受けられるけれど、アベ君の心配は今しかできない。

それにしても。
アベ君から電話が入らないことに、本気で不安になってきた。
勝手に授業を休んだりしたら、絶対に怒声が響き渡るはずなのに。
今日はまだ一度も着信がない。
帰ってきて正解、かも。
オレは必死に焦燥感に耐えた。

バス停に着くと同時に、オレはICカードをペイボックスの上に滑らせて飛び降りる。
早くアベ君に会いたい。
会って、何やってんだよって、いつもみたいにアベ君に叱ってもらいたい。
扉のロック解除すらもどかしくて、開いた途端、ドアにぶつかる勢いで家に入る。


「アベっ、君…!」


いつもなら奥から慌てて出てきて、すごく怖い顔で叱りに来るのに。
御馳走の匂いがするけれど、アベ君は現れない。
胸がざわつく。
不意に、リビングの方から話し声が聞こえてきた。
耳をすますと、それはよく聞き慣れた二つの声で。
でも、その一つは今ここで聞こえるはずのない声で…。
オレは混乱した。

なんで、シュウちゃんがいる の…?

しかも、その声はどちらも多少荒い気がする。
早くアベ君に会いたいのに、ゆっくりと忍び足でリビングに近付く。


「データには改竄された後だってあった」

「だから、テメェには関係ないだろ」

「あるさ!
そんな不審な奴にレンを預けてなんかおけるか!」

「お前には何の権限もねぇよ」

「通報することはできるぜ」

「………」

「データに関係なく、あんたの存在自体が違法なんだからな!」


…シュウちゃん、何、言ってるの……?
存在自体が違法って、何?


「あ―」

「レン」


リビングの前で立ち尽くすオレに気付いた二人は気まずそうにしている。


「お前、学校はどうしたんだよ?」

「今の、どういう こと?」

「…お前が気にすることじゃねぇよ」

「ねぇ、シュウちゃん!
どういうこと?!」

「レン、コイツは―」

「余計な事しゃべんな!!!」


アベ君は今までに聞いたことのないような声で叫んだ。
怒りとか悲しみとか寂しさとか、マイナスの感情をごちゃ雑ぜにしたようなその声に、オレは凍り付く。


「なっ…、レンには知る権利があるだろ?!
やっぱ疚しいところがあるんじゃないか!
レン、コイツと居ちゃダメだ!
監理局に連絡して―」

「……って」

「レン?」

「帰って、シュウちゃん」


シュウちゃんだけでなく、アベ君もすごく驚いていた。
でも。
オレが守らなくちゃいけないものは決まっているし、それはきっと、永遠に変わらない。


「ごめんね、シュウちゃん。
今日は帰って………」

「レン…」


シュウちゃんは何か抗議をしたそうだったけれど、オレの雰囲気で拒んでいることを察してくれたらしく、何かあったらすぐに連絡しろ、とだけ言って家を出てくれた。

リビングにはオレとアベ君、二人だけ。
いつもと変わらない部屋の様相。
いつもと変わらない温かい場所。
ずっと続くと信じていたものは、ほんの小さな風にさえ脆く壊れる可能性を帯びていることに、オレは今ようやく気がついた。

シュウちゃんが出て行った後から、ずっと俯いて黙り込んだアベ君に近付き、オレは思い切り抱き締める。
オレの明日とアベ君の明日が離れないように、力の限りしがみつく。


「レン?」

「や、だよ。
アベ君、オレをおいて行っちゃ ヤだよ」

「……レン」


君が何者かだなんてどうでも良い。


「オレ、ちゃんとアベ君の言うこと、聞くから。
もう絶対、我が儘なんか 言わない、から。
たくさん、勉強して、お母さん達みたいに なるから」

「レン」


手も声も、みっともないくらい震えていて止まらない。
でも、言わなきゃ。


「何でもする、から。
だから………、やだ。
お願いだから、おいてかないで―」

「レン!」


アベ君はオレの両肩をしっかり掴んで、屈み込んでオレに視線を合わせる。


「心配すんな、お前を独りになんて絶対しねぇから。
…オレはそこまで馬鹿じゃねぇよ」

「アベ、君」

「わりぃ、嫌な思いさせて」


少し辛そうだったけれど、それでもアベ君は優しく笑ってくれた。
オレは急に身体の力が抜けて、ヘタリと座り込んだ途端涙が溢れて…。
それからしばらく、アベ君はオレを宥めるのに苦労していた。




結局、あの日は二人で三人分の御馳走とお菓子を食べて、何年かぶりに一緒に寝たよね。

あの夜、ベッドの中で君の手を握って離さなかったのは、寂しかったからじゃないんだよ。
君が泣かないようにと願っていたんだって言ったら。
アベ君、また昔のように笑ってくれる?



071026 up

(110924 revised)



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