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DOLLシリーズ
目論見



アベ君の大きな手に、頭を撫ぜられるのが好き。
オレがすっぽり納まってしまう、あったかい腕の中も好き。
ちょっと不機嫌そうに顰める眉も、笑うと幼くなる顔も。
黒い瞳も、静かに響く低い声も、真っ直ぐに伸びた広い背中も。
一つ一つあげていたら、切りがないくらい。
きっと、全部。
アベ君の全部が大好きなんだ。

苦手科目のレクチャーの時間は、教師の熱弁を聞き流しながら。
そんなことを、ぼんやりと考えていた。

好きなことを、好きなヒトのことを考えると。
ぽやぽやと胸が温かくなる。
学校に友達が居なくても、ちっとも寂しくなんかない。
アベ君を思い出すと、嬉しくて、楽しくて、すごく幸せで。

けれど、大きくなっていく度に、苦しさや切なさがそこに混ざってきた。

アベ君。
もしかしたら、君にもそんな風に思えるヒトが。
君を幸せな気持ちにさせるヒトが、かつていたのだろうか。





お風呂から出てリビングに向かうと、アベ君が柚茶を淹れてくれた。



「もういい加減落ち着いただろ。
それ飲んだら、ちゃんと話せよ」

「…う、ん」



オレは、素直に頷いたけれど。
どこまで話してしまおうか、まだ悩んでいる。

ハマちゃんのことは、ちゃんと話すつもりだ。
アベ君を探しているヒトがどんな人物か分からない以上、注意しておいてもらった方がいい。

問題は、それ以外のこと。
監理局の女のヒトのこととか、お父さんのことを知っていたニシヒロ助手のこととか。
あの人たちが、敵だとか思っているわけじゃないけど。
ミハシ一族のことを、何かと知っているのには違いないから。

オレはソファーに腰を下ろし、柚茶を一口飲んだ。
お茶の温かさが、疲れた心をほんの少し癒してくれる。
けれど。
不安と焦りは、いつまでも消えなくて。



「―あの、ね。
さっき…、ハマちゃんと電話で、話 したんだ」

「ハマダと?」



アベ君は意外そうに、眉を顰める。



「電話してほしい、って、メールあったから…」

「ふぅん…、それで?」



言うと決めていたのに。
いざとなると、なんだか話し難い。
アベ君がヘンに気に病んだりしないかと、すごく心配になる。
アベ君がツラくなったりしたら、オレはもっと不安になってしまう。



「あの、それで、ね…それ、で……、」



言葉を詰まらせて俯いていると、アベ君はオレの隣に座って。



「どうせ、オレのことなんだろ」

「う、そ れは、」

「でなきゃ、お前がこんな夜中に血相変えて帰ってくる訳ないもんな」

「あ、う…」



呆れたように笑うアベ君に、
何て返したらいいか分からない。



「レン」



オレの好きな声で、オレの名を呼んで。
そうして、オレの好きな手で、頭を撫ぜてくれる。



「一人で抱え込もうなんて思うなよ。
何聞いても、何が起っても、お前の承諾なしに、オレは勝手にどっかに行ったりしねぇよ」



オレ、もう16なのに。
子供をあやすような、アベ君の声と手に。
どうして、こんなに泣きたい気持ちになるんだろう。



「アベ、くん―」



怒ったり嫌がったりしないこと、知っているから。
必ず、受け入れてくれると確信しているから。
オレは、アベ君の肩に頭を預ける。
それが合図のように、アベ君はゆっくりとオレの肩を抱いてくれる。
昔と変わらない、オレの大切な場所。
ちょっとの間、目を閉じて。
オレは、アベ君の温もりに安らぎを探す。

約束だよ、アベ君。
オレをおいて、居なくならないで。
どんな人にも囚われたりしないで。



「アベ君…探して、るヒトが 居るって…」

「オレを?」

「そのヒトの仲間、誰かに、襲われた みたいで、」

「………」

「よく分かんない、けど、そのコトで、アベ君に 会いたがってる、みたいで」



『アベ君のせいで』と、ハマちゃんは言っていたけれど。
そんなこと絶対に無いって、オレは思うから。
ほんの少し、言葉を差し替えた。

アベ君は何も言わずに、またオレの頭を撫ぜる。

アベ君、今の話を聞いてどう思ったんだろう。
何か、思い当たる節があったりするのかな。
オレの知らないアベ君の過去なんて、たくさんあるのは分っているけれど。
改めて自覚するのは、やっぱりツラい。



「オレ、よく分かんない、から、会いたいって 言った。
そのヒトに、話、聞きたかった し…。
でも、ダメって、無理って、言われた」



いつの間にか、アベ君の手はオレの耳辺りで止まっていて。
そこから、ちっとも動かなくて。



「アベ君…?」



おずおずと見上げると、何か思案しているみたいに、アベ君は真剣な顔をして宙を睨んでいる。



「アベ君、」

「先に言っておく。
オレに相談せずに、得体知れねぇヤツと勝手に会うな」



アベ君、声が怒ってる。
オレのこと、心配してくれてるの分かるけど。
怖い………。



「返事は?」

「うぁ、は、はい…」

「よし。
で、他には?
何か他に、アイツから聞いたこと無いのか?」

「う、あ、えと…、ぼ、亡霊、」

「は?」



しまった。
なんか表現が如何にも不吉っぽかったし、アベ君が気にしたらヤだから、言わないでおこうと思ったのに。
オレのバカ…!



「あ、今の は、」

「レン。
誤魔化したり嘘ついたりしたら、本気でシメるぞ」

「ひっ」



地を這うような低い声に、オレは思わず身体を縮めた。

アベ君がそんなことする訳ないけど。
ウメボシは絶対に有り得る。
絶対やられちゃう。



「あの、ぼ、亡霊 に、アベ君、好かれて る、って…」



アベ君の脅迫に負けた自分が情けない。
けれど、アレは本当に痛いんだ。
されたことあるヒトなら、絶対に分かってくれる。



「亡霊、ねぇ…。
まぁ、間違っちゃいねぇか」

「へ?」

「死んだヤツの忘れ形見なのは事実だしな」



そういう風に、自分のコト言わないで欲しい。
アベ君がオレのドールじゃないって、念押しされているみたいだ。



「とにかく、『アベタカヤ』の件が絡んでいると見て、まず間違いないだろ」



やっぱり、アベ君もそう思うよね。



「少なくとも、オレの名前の由来は知ってるはずだ。
問題は、それをどんな経緯で知り得たのか。
ソイツが直接ここに来ないのは、ハマダからオレらのことを聞いていないのか?
それとも、何か事情があるのか…。
ソイツの仲間を襲ったヤツも、気になるな」



それが、オレにも分からなかった。
だから、慌てて帰って来たんだけど。



「さて、どうしたもんかな」



実は、オレにちょっと考えがあったりする。
でも、アベ君に言ったら怒られる、かな。



「手っ取り早く、ハマダんちに殴り込みにいくか」

「だ、だだだダメだっ、よ!」

「何でだよ?」

「ハマちゃん、ダメって!
さっき、アベ君に、オレ言った!
それに、な、殴り 込む、なんてっ」

「んだよ…、冗談だよ、冗談」



嘘だ。
今のは、声も目も本気だった、ぞ。

けれど。



「アベ君、」



アベ君の気持ち、オレは分かってるつもりだから。



「聞いて、くれ」



オレと居たいと言ってくれた君の力に、オレはなりたいから。



「ハマちゃんトコ、は、オレが 行く」

「ばっ、何言ってんだよ?!!」



だから、ほんの少しでいい。



「大丈夫、だから」

「何がどう大丈夫なんだよ!
考え無しで、物言うんじゃねぇ!
だいたい、相手の情報もねぇのに、お前が一人で乗り込んで何やるってんだよ!!!」



オレを。



「だって…オレは、アベ君に、育て られたんだ、よ」

「は?それが何―」

「だから、大丈夫」



君が見てきたオレを、信じて。



「考えたコト、話すから。
それで、ダメなら、また考える から。
だから、聞いて?」



オレは一度も逸らすことなく、アベ君を見つめる。
いつもと違うオレに驚いたのか、アベ君は軽く目を見開いて。
それから、段々眉間の皺を深くしたけれど。



「………下らねぇ案だったら、承知しねぇからな」



やっと、オレの言葉に耳を傾けてくれた。





翌日、オレは早朝に家を出た。
ハマちゃんは夜勤明けだから、退勤時間は午前9時。
彼が帰って来る前に張り込んでおくことにしたのは、彼の部屋に出入りするヒトを、できれば先に確認しておきたかったから。
そのヒトもいろいろ訳アリそうだから、もしかしたら外出なんてしないのかもしれないけれど。
踏み込む前に、出来得る限り情報を収集しておくことが、アベ君との約束だから仕方ない。

ハンティング帽を目深に被って、カラーグラスをかけて、黒のジーンズの上下を着たオレは、これもまたアベ君の言いつけを守った装いで。

まずは、ハマちゃんちの向かいにある高台の公園から、オペラグラスで様子を窺うことにした。

ハマちゃんの部屋のカーテンは、総て閉め切られている。
マンションのゲートを何人か出入りしたけれど、ハマちゃんちの階以外の人たちばかりだし、これと言って怪しげな人もいない。

最初こそ緊張していたものの、2時間もすると欠伸さえ出そうになった。
小腹も減ってきたオレは、ナップサックからキャラメルを取り出した。



「あ、」



その時だった。
白っぽいスーツ姿の男性が一人、ゲートを潜ってマンションへと入っていくのが見えた。

なんか怪しい、かも…。
もしかして、あのヒト かな。

結局、キャラメルはナップサックに戻し、オペラグラスで観察する。
少しするとエレベータを使って辿り着いたのであろう、その男性の姿がハマちゃんちの階で確認できた。
けれど。



「あ、れ?」



どの部屋のドアを開けるでもなく、通路の中途で小型端末を取り出して、何やら操作し始めた。

何、してんだろ…。
よく、分かんない。
ゲート近くで待ち伏せ、した方が良い かな。
それとも、住人のフリをして、近くを通ってみる、とか…。

そう考えた途端、怒り爆発のアベ君を想像してしまい、身震いがした。

でも―。

とりあえず、公園を出てゲートの前まで来る。

どうしよう。
予定と違う、けど…オレ、うまく、やれる かな。



「すみません」

「う、ひっ?!」



背後から急に声をかけられたオレは、多分数センチは飛び上がった。
慌てて振り返ると、キャップの鍔の影から黒い大きな瞳を覗かせた青年が、オレの様子に目を丸くしている。

何、やってるんだ、オレは。
落ち着かなきゃ…。



「うぇ、あ、あっ」



あまりにも、彼がじっと見るものだから。
オレはいたたまれず、目を逸らしてしまう。

…オレ、今すごく怪しい ヒト、だ。
ど、どうしよう。



「あ、お、オレ、あのっ、う、と、」

「………ヘンなヤツ」

「う、へ?」



もう一度彼を見ると、笑いを噛み殺そうとしている顔をしていて。
それがすごく幼く、可愛らしく見えて。

少し、似てる―。



「なんか拍子抜け」

「う?」



オレは、彼の言葉の意味を全然考えてなくて。



「でも、楽だからいいや」

「ら、く?」

「悪いけど、ちょっと朝メシ付き合ってよ」



迂闊だった。
と、今更後悔しても間に合わない。



「ゆっくり話を聞きたいしさ、」



でも、オレは決めたんだ。

長袖のシャツから、器用にちらつかせる小さなナイフを確認して。
オレは、額に流れる汗を感じた。



「無駄な抵抗ってのが無ければ、何もしねぇよ。
オレは穏便派だから」



不敵な笑みを浮べる青年に、オレはゆっくりと頷いた。



アベ君、オレを信じてくれ―。





080613 up
(120129 revised)






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