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DOLLシリーズ
回帰路



オレが科学者を目指そうと思ったのは、アベ君が熱を出したのがきっかけ。
「寝てれば治るから」と言って、ベッドから手を伸ばし、頭を撫ぜてくれるアベ君が、全然大丈夫そうじゃなくて。
なんだか消えちゃいそうな気がして。
それが、とても怖くて。
結局、何もできないオレは、ハマちゃんに泣きながら電話をして、家に来てもらった。

幼いオレと違って、アベ君の治療もご飯の用意も、全部こなしてしまったハマちゃん。
ハマちゃんのように、母さんたちのように、立派な科学者になれば。
きっと、アベ君に何だってしてあげられるんだ。

アベ君の寝顔をそっと覗きながら、オレは初めて科学者を目指す決意をした。





『―なぁ、レン。
もし、お前たちが何か困ってんなら、オレは力を貸したいんだ』

「ハマちゃん…」



味方なのか、敵なのか。



『―詳しいことは言えねぇけど、アベを探してるヤツを、オレは知ってる』



まだ分からない。



『ソイツ、アベが亡霊に好かれてるとか、訳分かんないこと言ってんだよ』



判断を間違えるな。



『最初は、ふざけた話かと思った。
けど、アベのせいで、仲間が襲われたとも言ってる』



ハマちゃんからの情報でさえ、その真偽を質さねばならない。



「誰なの、そのヒト」

『え?』



オレは、わざと不安な感情を殺さずに尋ねた。
警戒し過ぎると、反って怪しまれる。



「あ、アベ君に、何かすりつもり なの?!」

『いや、そんなことは…』

「そのヒト、どこにいるの?
ハマちゃん、そのヒトに 会わせて!」

『それは、ちょっと―』

「だって、アベ君、悪いコト、する訳 ない!
そのヒト、きっとアベ君を、誰かと間違えてるんだ。
だったら、誤解 解かなきゃ!」

『レン…』

「そのヒトの話、ちゃんと聞いて、オレが説明する。
アベ君、いつもオレと一緒に、いてた。
だから、何もしてないよ。
アベ君、優しいヒト だもん…。
誰かに迷惑かけるなんてこと、アベ君は、絶対にしない!」

『落ち着けよ、レン。
アベが悪いヤツだなんて言ってねぇよ』

「でもっ、」

『違うんだよ。
オレはただ、お前らの知らないところで、誰かの思惑が働いてんじゃないのかって心配してんだよ』

「へ?」



オレは、またわざと驚いてみせる。



『だから、アベが特別なドールである本当の意味が別にあって、アベ自身、もしかしたらそれを知らないんじゃないかって。
オレは、そう思ってんだ』

「ハマちゃん…」

『真実を知る為には、お前らが知ってることで何かあんなら、それらを一度、検証した方が良いような気がしてさ』



ハマちゃんは、何も知らなくていい。



「あ、ありがと、ハマちゃん」



けれど、オレには知りたいことが、知るべきことがたくさんある。



「オレ、アベ君が親代わりだってコトしか、分かんない。
アベ君も、多分、そうだと 思う」

『最近、アベに変わったこととか、周囲に変なヤツがうろついたりとかはないか?』

「ない、よ」

『…そっか』



ハマちゃんの声は、安心半分、落胆半分といったところか。



「ねぇ、ハマちゃん。
そのヒトに、オレ、会えない…の?」

『え…、あぁ、それは―』



ハマちゃんの返事で、オレの選択は決まる。



『悪ィ、今は無理なんだ』

「ど、して?」

『アイツ…、ちょっと今はまずいんだ』

「まずいって…?
オレ、アベ君のコト、ちゃんと 話せるよ?
それに、アベ君の、何を知っているのか、オレ、知りたいっ」

『………』



お願いだから、会わせて―。

額からこめかみへと、汗が流れるのを感じる。



『…ごめん。
今は、無理だ』



その言葉に、オレは覚悟を決めた。



「そのヒト、ハマちゃんの友達、なの?」

『違う…、けど、何とかしてやんなきゃいけない、とは思う』

「オレたちより、大事なヒト なんだね」

『そういう訳じゃ…って、お前の頼みを聞いてやれないんだから、そう思われても仕方ないよな。
ごめん、レン』



オレは、少しだけ息を多く吐いた。



「ハマちゃんが、謝ることない、よ」



オレだって、同じなんだ。
ハマちゃんより、アベ君を選んでしまう。
だから、それはいいんだ。
情報をくれたことには、感謝しよう。



『だけど、約束する。
お前らに危害を加えるようなこと、アイツには絶対させないから』



そして―



『何か分かれば、すぐに知らせるから!』

「うん。
ありがと、ハマちゃん」



今の約束は、聞かなかったことにするね。



『本当にごめんな、レン』


ハマちゃんは、最初から最後まで謝って、電話を切った。
オレは倒れ込むように、ベッドに身体を放り出す。

疲れた。
全身を叩くような心臓の高鳴りは、今も止まない。
軽い頭痛もあるような気がする。

電話で、本当に良かった。
顔を見ながらだったら、きっといろんな嘘がバレていた。

ハマちゃんの傍にいるのは誰だろう。
ハルナってヒトじゃない、とは思う。
けれど、亡霊がどうこう言っていたから。
きっと、『アベタカヤ』を知っているヒトなんだ。
やっぱり、まだ関係者が存在するんだ。



「―あ、」



オレは、慌てて身体を起こした。



「アベ君―!」



しまった。
ハマちゃん、今夜は夜勤だって言ってた。
アベ君を探しているヒトは今、ハマちゃんから離れている。
もしかしたら―。

時計は、22時半を過ぎている。
けれど、時間なんかに構っている場合ではない。
オレは、トライクのキーとナップサックを持って部屋を出た。

以前、研究に没頭していて午前様になった時に、イチハラさんに教えてもらったセキュリティの破り方を思い出しながら、ゲートへと向う。


「なんつーか、こんなとこに使うシステムは、いい加減なんだよな」



苦笑を浮べながらそう言って、オレに手本を見せてくれた。
この寮では、22時以降の外出、24時以降の入室は禁じられている。
ICカードの受付が制限されてしまうのだ。
ただ、特別な理由がある時は、予め寮長の許可を得れば時間外の出入りは可能となる。
その許可の証明となるのが、テンポラリーカード。
用事が済めば、即返却しなくてはいけないのだが。



「本来、カードは使用される都度、使用可能期間を登録すべきなんだけどさ、」



ここのテンポラリーカードのデータは、常に登録されたまま。
つまり、テンポラリーカードのデータ・イコール・解錠ということだ。
オレは、イチハラさんからもらっていたダミーカードを、そっとスキャニングさせる。
問題は、ただ一つ。



「これだけが、すげぇ面倒くせぇんだけど、」



教えて貰ったパスワードは2種類。
一日置きに、パスワードが交互に書き替えられる。

確か、この間使ったのが12月の第一金曜で、今日が5月の第四土曜だから…。

オレは、前回とは違うパスワードを入力した。

これで出られる。
そう100パーセント信じていた。
なのに。
なぜか、頭上では警報がけたたましく鳴り響き出した。

え?なんで…?

オレはパニックで、ただ立ち尽くしているだけで。
あっという間に、ガードマン数名と寮長に捕えられてしまった。



「ミハシ君?!
君、こんな時間に何やってんだ!」

「あ、お、オレ はっ、」



どうしよう、早くアベ君トコに行きたいのに。
アベ君を守んなきゃいけないのに。

他の学生たちも、ぞろぞろ集まってくる。
けれど、皆は好奇の目を向けるただの野次馬で。



「とにかく、部屋で話を聴くから。
君達も、早く自室に戻りなさい!」



嫌だ。
アベ君、オレはどうすればいいの?



「さぁ、こっちへ来なさい」



寮長がオレの腕を掴み、連行しようとした時だった。



「あっ、お前!
たく、だからおとなしくしてろっつったろ!」



聞き慣れた声に振り返ると、イチハラさんが怖い顔をしてオレを睨んでいる。
オレは、思わず小さな悲鳴をあげた。



「寮長、すんません!
コイツ、さっき家から連絡があったんですけど、なんか後見人が倒れたらしいんですよ」



え………?



「で、コイツちょっとパニクってたから、オレが代りに外出許可をもらいに行こうとしたんすけど…。
だから、オレが戻るまでじっとしてろっつったのに。
いつものICカードで通れる訳ないっつーの!
ホント、しっかりしてくれよな」



そう言って、オレが手にしていたダミーカードを、素早く奪ってしまった。



「うっ、あ、ご、ごめん…なさい…」

「謝るなら、寮長と皆さんに、だろ!
お騒がせして、本当にすんませんした!」



オレの頭を押さえ付けながら、イチハラさんも一緒に頭を下げる。



「なんだ、そうだったのか。
それならそうと、ミハシ君もちゃんと説明しなさい」

「す、すみま、せん」



オレは、場の流れのまま再び謝る。



「イチハラ君。
申請は後でいいから、ミハシ君をタクシーに乗せるまで、付き添ってあげなさい」

「はい!
ありがとうございます!」



イチハラさんは笑顔で答えると、ガードマンが手動で解錠したゲートを潜り、オレの腕を引っ張りながら外に出た。

イチハラさん、どうしてオレを助けてくれたんだろう。
どうして、オレの行動を理解できたんだろう。

いろいろ尋ねたいし、お礼も言いたいし、謝りたいけれど。
どれ一つとして、うまく言葉に出せない。
少しひんやりした空気の中、イチハラさんに掴まれた腕だけが熱い。
結局、イチハラさんは、パーキングに辿り着くまで黙ったままだった。



「ほら、ご希望通りトライク使わせてやんだから、絶対事故んじゃねぇぞ」



ようやく解放してくれたイチハラさんは、先程オレから取り上げたダミーカードの返してくれた。



「あ、あの、」

「今年は閏年、どうせパスワードの日にち数え間違えたんだろ」

「あ…」



本当だ、全く忘れてた。



「お前がこんな無茶すんのは、きっと後見人のことが絡んでんだろ。
他人に関係ないことだろうけどさ、」



―あぁ、そうだ。
この人にも、大切なドールがかつて居たんだ。



「何も言わずに、何かするつもりなら、」



けれど―



「お前が無茶して、逆に相手心配させんじゃねぇぞ」



最後に一つオレの頭を小突いて、イチハラさんは背を向けた。



「月曜は、ちゃんと来いよ」

「あ、あり、ありがとっ、イチハラさんっ」



情けない。
たった一言しか伝えられないなんて。
イチハラさんは振り返らなかったけれど、右手を軽く上げて応えてくれた。



「―行こう」



大きな深呼吸を一度して、オレはトライクを発進させた。

頭の中を、ハマちゃんとの電話での会話や、助けてくれたイチハラさんの言葉が駆け巡る。

ハマちゃんは、オレたちの味方じゃない、と思っていた方がいい。
敵になるかもしれないヒトを、彼は庇っていた。
じゃ、イチハラさんは?
オレを助けてくれたから、味方?
…分からない。
だって、ハマちゃんですら、味方じゃないんだ。
イチハラさんだって、いつそうなるか分からない。
なら。

なら、オレたちの、オレの味方は誰―?

孤独と焦燥に追われ、スピード制限をギリギリ守るのに、オレは酷く苦労する。

たった一分、一秒の差で間に合わなかったら―。

そう考えると、怖くて仕方なかった。

20分もすると、一週間ぶりの我が家が見えてきた。
リビングの明かりに、ほんの少し気が緩む。
けれど、アベ君の姿を見るまでは安心できない。
自宅の前にトライクを停めると、オレは転がり込むように家に入った。



「アベ君!」



リビングに入るのと同時に呼んでみたが、声はおろか姿も見えない。

確か、ドアはロックされてたよ、ね。
…あれ、オレはちゃんと、カードキー使って入ったっけ?
玄関にアベ君の靴、あったかな?

記憶が全部曖昧で、背中を伝う汗が更に不安を駆り立てる。
それを振り払うように、再び彼の名を呼ぶ。



「アベ君!」



キッチンにも居ない。

部屋、かな?

慌てたせいで、廊下で危うく滑りそうになりながら、アベ君の部屋の前まで辿り着く。
ノックをしても、やはり返事がない。
思い切って開けてみたけれど、中は真っ暗で。



「アベ、君―」



どうしよう。
アベ君が居ない。

オレのせいだ。
オレがパスワード間違って、もたもたしてたから。
ハマちゃんの話を聞いて、すぐに駆け付けなかったから。
オレが、もっとちゃんとしていれば。
もっと、いろんなことができていたなら。

早い鼓動が治まんなくて、気分悪い。
吐きそうだ。

アベ君―



「―お前、何やってんの?」

「ひっ?!」



飛び上がった身体で、どうにか振り返ると。



「こんな時間に、どうしたんだよ?」

「あ…」


風呂上がりらしいアベ君がタオルを頭に被せて、丸くした目をオレに向けていた。



「あ、べ…くん…」

「んだよ、その顔」

「だ、て…びっくり、…て、」



歯がうまく噛み合わない。

オレ、震えてるの?



「はぁ?
驚いたのはこっちだっての」

「だっ、て、よ、呼ん…でも、へん じ、」

「風呂入ってたんだから、聞こえる訳ねぇだろ。
だいたい、お前こんな時間に何でここにいんだよ?」

「アベ、く…、さが…て…」

「あ?
オレを探してたってか?
そんな急ぎなら、電話すりゃいいのに。
何かあったのか?」



ホントにそうだ。
電話をすれば、すぐに安否の確認は取れたはずだ。
それに、オレが寮に入ってからは、ドールの管理上、アベ君にGPSを付けているんだから、小型端末でも居場所が分かる。
どれも、至極簡単なことなのに。
どれ一つとして、頭に浮かばなかった。



「レン?」



しゃがみ込んでしまったオレを、アベ君は心配げな顔で覗き込む。



「う、へへ…」

「…何笑ってんだよ」



だって。
だって、可笑しいよ。
可笑しいじゃないか、アベ君。
君が生きてくれてるだけで、オレはこんなにも幸せで。
君が居なくなると思っただけで、本当に死にそうだったんだ。

たった一人の存在が、オレの生きる理由だなんて。



「…で、次は泣いてんのかよ」

「へへ…」

「笑いながら泣くなんて、忙しいヤツだな」



そんな風に言うから、呆れちゃったかなって思っていたら。
そっとオレを引き寄せて、「心配させてごめんな」って謝ってから、優しく抱き締めてくれて。
このまま死ねたら幸せなのかな、なんて下らないことを考えながら、しばらくアベ君の腕の中で甘えていた。





大袈裟なくらい、君を愛して止まなかったあの頃。
知らずに重ねた罪なんて、かけらも感じていなかった。
そんな自分を思い出す度に、懐かしくて、恥ずかしくて、切なくて。

ねぇ、アベ君。
そんなオレだけど。
今ならあの人の気持ちが、本当に分かるような気がするんだ。




080603 up
(120114 revised)







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