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DOLLシリーズ
諸事情



月曜の朝、登校しようとしていたオレに、「待ってるから」と言ってくれたアベ君。
次に会うのは夏休みだから、もう少し先。
けれど、この間までとは違う。
今度帰ってきたら、もう寮には戻らない。
またアベ君と暮らす日々が始まる。

いつもみたいな、引き摺られるような重い気持ちとか胸の蟠りとかが全然なくて。
オレは久しぶりに、「行ってきます」を笑って言えたような気がした。





「博士、なんか良い事あった?」

「へ?」



週末、ドール研究部の手伝いに行くと、フミキ君がオレの顔を覗き込んで聞いてきた。



「な、なん で…?」

「だって、嬉しそうな顔してるから」

「えっ、えっ?!
そそそそんな、こと ない!よっ」



オレは思い切り否定したけれど、フミキ君は笑っていたから、きっとバレてしまっている。
タジマ君まで、「やっぱ、デートだったんだ!!!」と騒ぎ出すから、オレは本当に慌てた。



「あーっ、もう!
フミキ、兄弟の気散らす様な発言すんなよ!」

「フミキは悪くないぞ、ゲンミツに!」

「そうそう、悪いのはタジマだよね」

「え〜っ、だってデートだったらいろいろ聞きたいもん!」

「あ、あぅ、」



イチハラさんにも、「顔が弛んでる」って言われてたのに…。
こんなに隙だらけじゃ、アベ君を守れないじゃないか。

少し引き締めようと、自分で両頬を何度か叩いてみたけれど、タジマ君の発言に赤面してしまった顔が更に熱くなっただけで。
効果は全く無さそうだった。



「うぅ、か、顔…洗って きます…」



騒ぎから逃げる口実を見つけて、オレは部室を飛び出した。

怒ったり、泣いたりしたけれど。
家族としてだけれど。
それでも、お互いが大事だって、ちゃんと分かり合えたから。
オレは、本当に嬉しかった。
今年の誕生日は、多分一生忘れられない日になったと思う。

もっと、アベ君と話がしたい。
ううん、話なんかしなくても、傍にいるだけでもいいんだ。
昔のように、ずっと。



「はい、タオル」

「うぉっ?!
ふ、フミキ君っ」



オレが顔を上げると同時に、フミキ君が柔らかそうなグリーンのタオルを、柔らかい笑顔で差し出してくれた。



「あ、ありがと…」

「ごめんね、博士。
からかうつもりは無かったんだ。
ユウも、本当は博士の嬉しそうな顔につられて、燥いでるだけなんだよ」



タジマ君をフォローするフミキ君に、アベ君を重ねる。

きっとアベ君も、オレの知らない処で、オレのフォローをたくさんしているんだろう。



「そんなこと、思ってない よ。
ちょっと、恥ずかしかった、だけ…。
嬉しいコトあったの、ホントだから」

「そーなんだ、良かったね」

「うん」



フミキ君が優しく微笑む。



「何があったか、聞いてもいい?」



フミキ君は遠慮がちに尋ねる。
性格や環境によって選ぶ言葉は違うけれど、奥に秘められた優しさはどのドールも変わらない。



「誕生日、…大事なヒトと、過ごせた、んだ」

「へぇ、それは嬉しいよね。
そうだ、良かったら教えてくれない?」

「へ?何 を?」

「誕生日の祝い方!」

「祝い方………」



改めて尋ねられると、誕生日の正しい祝い方なんてあるのかと、悩んでしまう。



「ユウの誕生日、11月なんだ。
オレ、今まで誕生日のお祝いなんてしたことないからさ。
こっそり教えてもらって、ユウを驚かそうと思って」



そういえば、フミキ君はリサイクル・ドールだっけ。
けれど、誕生日を祝ったことがないって…。
もしかしたら、彼は家庭的な環境とは無縁な場所で生きてきたのだろうか。



「え、と…。
誕生日は…、」



頭の中がグルグルし始めた時、昔アベ君が言ってくれたことを、ふと思い出した。



「あ、『ありがとう』なんだ よ!」

「へ?」



しまった…。
またオレは、言葉足らずになってしまっている。



「あ、のっ、だ、だからっ」

「『おめでとう』じゃなくて、『ありがとう』?」

「『おめでとう』、だけど、でもっ、あ、『ありがとう』も、」

「何に『ありがとう』なの?」



―お前が産まれてきた時の、ルリとユウトの喜び様ったら―



「あ、う、うま、」



―オレ?オレは、―



「『うま』?」



―そりゃ嬉しいにきまってんだろ、だから―



『産まれて、きて くれて、ありがとう』、だよっ」



やっと言えた。
短い発言に乱れされた息を、どうにか整える。
オレは、どうしていつもこうなんだろう。



「…ふーん、『産まれてきてくれて、ありがとう』か」

「う、ん」



オレが産まれた時、アベ君も、お父さんもお母さんも、そう思ったんだって言ってた。


「で、どうやって祝うの?」

「あ…」



彼の質問はもっともだ。
オレは、時間がかかったわりには、真面な答えを出していない。



「えと、………き、気持ち、かな…」

「気持ち?」

「タジマ君…、産まれてきて、くれてう、嬉しいって、」

「気持ちで、お祝いするってこと?」

「プレゼントも、御馳走も、嬉しい。
けど、自分のこと、必要って思って くれてる方が、きっと―」



―ずっと、オレと一緒に居て―



「…つまり、博士はその大事なヒトに、そう思われて幸せってコトなんだ」

「へ?えっ、えぇっ?!」



フミキ君の言葉で、また顔に熱が戻ってくる。



「そっか、博士は幸せ者だね〜」

「う、うぅっ……う、ん」



幸せなのは、本当に本当だから。
オレは、ちゃんと肯定しておきたかった。



「ねぇ、博士のバースデイケーキってチョコレートケーキ?」

「ふぇ?
あ、ち、違うよ。
苺の、ミルフィーユ、だよ」

「へぇ、ミルフィーユかぁ」

「タジマ君、チョコレートケーキ、好きなの?」

「何でも好きだよ。
だけど、チョコレートケーキはやっぱヘンかな?」
「そんなことない、よ!
フミキ君が考えたこと、だから、タジマ君、すごく喜ぶよ!」

「そうかな。
じゃ、そうするよ。
『ありがとう』と『おめでとう』の気持ちを込めて、さ。
サンキュ、博士」



フミキ君は、嬉しそうに笑った。
その笑顔の向こうに潜んでいる逃れられない障壁に、オレはふと思いを巡らせる。

タジマ君とフミキ君は、これからどうなるんだろう。
リサイクル・ドールとして、監理局に把握されているのなら、法の整備によっては、フミキ君とタジマ君は一緒に居られなくなってしまう。
タジマ君もフミキ君も、それを理解しているのだろうか。
そして、オレやアベ君は―。



―彼に、ヨロシク―



そう言って、美しい笑みを浮べた美しい女性が脳裏に蘇る。
母さんのこと、そしてアベ君のことを知っていた。
オレの胸に、また嫌な黒い感情がじわりと込み上げてくる。
嫌いとか、そんなことを感じられる程に、彼女を知っている訳ではないのに。

誕生日で家に帰った時も、アベ君には到底話す気にはなれなかった。
思い出したくもなかったから。

けれど、いつまでも逃げている訳にはいかない。
待っているより、こちらから先手を打たなくては。



「そろそろ戻ろっか。
ハナイあたりが、ぶちキレるかもしれないし」

「そ、だね」



一抹の不安は消えないけれど。
フミキ君に聞きたいことも、たくさんあったけれど。
彼が感じている幸せを、今は台無しにしたくなかったから。
オレは、フミキ君に笑顔を返した。


部活時間が終わり、トライクをパーキングから出そうとしていたら、メール受信をした小型端末が小さな青いライトを点滅させた。
確認すると、珍しくもハマちゃんからだったので、心臓が飛び跳ねた。
彼がオレに連絡してくるなんて、アベ君に何かあったとしか考えられなくて、慌てて内容を確認する。
けれど、



『今晩、22時以降に、一人になってから電話をくれ。
頼む』



たったそれだけの用件だったので、拍子抜けしてしまった。
アベ君にアクシデントがあったのなら、こんな先の時間を指定したりはしない。
でも、いつものハマちゃんじゃないのも分かる。

アベ君のことじゃ、ないよね…。

オレは、約束の時間まで、ざわついた胸を抱えたまま過ごさなくてはいけなくなった。
寮では、イチハラさんに「ニヤけたり、青い顔したり忙しいヤツだな、早く寝ろ」なんて、子供扱いまでされてしまったけれど、オレの頭の中はそれどころではなかった。

22時まで1時間以上時計と睨めっこをしていたオレは、定刻を1秒過ぎてから、ハマちゃんに電話をした。
彼が応答するまでの5回のコールが長過ぎて、心臓の高鳴りが鼓膜にまで響くのが不快だ。



『はい、』

「は、ハマちゃん!
オレ、あのっ、」

『わり、ちょい待って』



潜めた声でそう言った後、遠くでの会話と移動する足音、そして静かな機械音が聞こえた。



『ごめんな、レン。
いきなり、ヘンなメール送って』

「ううん、大丈夫。
ハマちゃん、まだお仕事?」

『あぁ、今日は夜勤でな。
調度、都合が良かったから』

「へ?」

『あ、いや。
こっちの話』



やっぱり、いつものハマちゃんじゃない。



「あの、それで、話―」

『あ、あぁ。
今、一人?』



優しいハマちゃんの声が、今は何か緊張しているように張り詰めている。



「うん、一人。
アベ君も、いないよ」



念を押してきたのは、きっとそのことだろうと思ったから、ハマちゃんを安心させる為に、オレから告げた。


『そか、本当にごめんな』



ハマちゃんの謝る理由が分からない。



「あ、あの―」

『レン、回りくどい言い方は性に合わねぇから、単刀直入に言うんだけど、』

「うん?」

『アベについて、レンは何か知っているのか?』



その問いに、オレは頭を殴られたような衝撃を受けた。



『アイツの存在が、他のドールと違うのは分かってる。
レンだって、分かっているだろ。
けど、それはミハシ一族所有のドールってコトで、ラボの皆は見て見ぬふりだ。
オレもそうだったけれど…』



ハマちゃんは、何を伝えたいのだろう。
何を知りたいのだろう。



『アイツが、ずっと稼動しているのには、何か理由があるのか?
なぁ、レン。
お前もアイツも、何かヤバいことに巻き込まれたりしてんじゃないのか?』



ハマちゃんは味方?
それとも、敵?



『アベは、お前のタダの後見人じゃないんじゃねぇのか?』



見極めるんだ。


もし、敵ならば。


オレは、戦わなくちゃいけないんだ。





この世の中に、己の総てを許し、求め、望んでくれる存在。
その存在が、一分たりとも疑いなく信じられるものであるのなら、ヒトは驚異的な強さを得られるのだという。

アベ君。
もしも、その話が真実だとしたら。
あの時のオレには、世界中の誰もが敵わなかっただろうって、今でも思うんだ。





080526 up
(120113 revised)







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