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DOLLシリーズ
偽代償

誰かを自分のものにすることの意味が、あの日のオレには難し過ぎて。
けれど、その言葉は計り知れない拘束力をオレに与えて―。
オレはただ、打ちのめされていた。
今や対峙し得ない彼は、優越感に満ちた笑みを浮かべているのだろうか。






昨夜、アベ君が寝言で口にした名前。
オレの知らないアベ君の知り合いなんてたくさんいるのだろうけれど。
アベ君の深いトコロに止どまっている人のような気がして。
それを考えると、得体の知れない重い気持ちになる。
そして、アベ君がオレに渡したいモノ。
わざわざ、ラボに足を運ばなくてはいけないのは何故だろう。

目的地に向いながら、そんなことばかり考えていた。



8年ぶりに見るミホシ・ラボラトリーは相変わらず、無機的で温度を感じない施設だった。
嫌悪感はないけれど、馴染めない雰囲気。

大きな鉄門をくぐると、無機的な建物とは正反対にきちんと手入れがされた庭園が広がる。
しかし、そこを過ぎて建物の入り口まで来れば、また元の世界が待っている。
どこのラボラトリーでもそうだが、まず入り口から内部に辿り着くまでの通路が異常に長い。
しかも、10メートル間隔にセキュリティゲートが設置され、通過の2メートル前で通行者の網膜認証を瞬時に行う。
不法侵入者の前ではゲートが自動閉鎖され、ラボ内部と地下のセキュリティルームに知らされる仕組だ。

時折、人と擦れ違う。
大抵はラボ関係者だが、中にはオレのようなドール所有者や製造依頼に訪れる業者、個人客なんかもいる。


偶然、出来上がったばかりのドールを連れ帰る母子を見た。
まだ学校に通う前くらいの小さな少年が、双子のようによく似た少年の手を引く。
「帰ったら、一緒に遊ぼうな!」と、手を引いている方の少年が目を輝かせて振り返る。
すると、ラボ内を珍しげに見渡していたもう一人の少年は嬉しそうに頷いた。

母親らしき女性も「ちゃんと仲良くするのよ、喧嘩しちゃダメよ」と言いながら、顔が綻んでいる。

あのドールは、少年の兄弟型として作られたのだ。
アベ君もオレの兄弟型だったら。
そうしたら、少なくとも今のような無謀な想いを持たずに済んだのだろうか。

…現実逃避だ。
アベ君はアベ君だ。
たとえ兄弟型でもあかの他人だったとしても彼が彼である以上、オレは惹かれていたに違いない。


ようやくラボの核に辿り着くと、白く大きな扉が来る者を拒むように立ちはだかる。
手前にはガードマンまで駐在する。
オレは彼にIDカードを提示した。
カードはスキャニングで真贋確認される。
確認が済むと、入り口のモニター付インターホンで中の研究員に連絡する。
すぐにスタッフが対応してくれた。


「す、すみません。
ミハシ、です けど…」

『ミハシ様ですね、お待ちしておりました』


彼が言うのと同時に、重い扉が開かれた。


「お久しぶりです、ミハシ様」

「あ、お久しぶり です。
いつもアベ君が、お世話になってます」


久しぶり、なんて言ったけれど本当は互いに顔を覚えていない。
ラボ創設者の一族に対しての社交辞令だし、オレは挨拶として返しただけだ。


「カノウ代表はただいま留守でして―」

「あ、いいんです。
オレは、アベ君を 迎えにきた、だけなんで」


シュウちゃんのお父さんは多忙だからそう会えないが、これもまた形ばかりの文句だ。
それでも、シュウちゃんとあんなことがあった後だから正直ほっとした。


「よう、レン!久しぶり!」

「ヒッ!!」


急に背後から肩を叩かれ、オレは飛び上がった。


「んだよ、そんなビビんなくてもいいだろ〜」

「あ、ハマちゃ……、じゃなくてハマダ助手!」

「ハマちゃんでいいって。
大きくなったなぁ、ここ何年も会ってなかったもんな」

「う、うん。本当に、久しぶり。
ハマちゃん、元気そうだね」


ハマちゃんことハマダ助手はアベ君のメンテナンス中、一人で待っていた幼いオレといつも遊んでくれていた人だ。
背が高くて、優しくて、とても明るくて。
アベ君以外の大人と長く接したのはハマちゃんくらいだったから、オレは本当に懐いていた。


「あ、オレもう助手じゃねぇぞ。
今や、一チームのリーダーだぜ!」

「え?!そ、そうなの?
ごごごゴメン!!」

「別にいいよ。
けど、アベのヤツそんくらい話しといてくれてもいいのに。
アイツ、レンのこと以外どうでもいいもんな」

「……そんなこと、ないよ」

「ん?」

「ううん、何でも ない」

「とにかく、こっち来いよ。
メンテももう少しで終わるから」


そうして、ハマちゃんはティールームに案内してくれた。






「アベ君のメンテ、どうだった…?」

「ん?特に何も。
今も消耗したパーツ交換やってるけど、どれも異常に繋がるもんじゃねえし。」


そう言って、ハマちゃんはオレにミルクティーを出してくれる。


「何か気になることあんのか?」

「ううん、別に!」


オレは笑って誤魔化した。
システム上問題がないのなら、逆にラボに情報を与えたくない。


「そういや、今日は何かあんのか?
レンが来るってアベが言ってたんだけど、理由を聞くまもなくメンテ開始しちゃってさ」

「今日は、アベ君の誕生日だから。
待ち合わせ、みたいなもの」

「誕生日?へえ、アイツも12月なんだ」


家族として迎えられたドールに誕生日を決めるのは、別段珍しくはない。

このラボラトリーでアベ君を疑問視する人はどれだけいるのだろう。
それとも、何か暗黙の了解でもあるのだろうか。
今は、ハマちゃんにさえ警戒しなくてはいけない。


「“も”って何スか?」

「あ、アベ君」

「よう、お疲れさん」


ティールームに入ってきたアベ君は、怪訝そうにハマちゃんを見る。


「オレも12月生まれなんだよ」

「ハマちゃん、も?」

「げっ…、12月にすんじゃなかった」

「ん〜?
何か言ったのはこの口か〜?!」


ハマちゃんがアベ君の右頬を思い切り引っ張る。
アベ君がすごく痛がってオレは慌てたけれど、その後つい笑ってしまった。
アベ君が子供扱いされるトコロなんて見たことがなかったから。
久しぶりに声を出して笑って。
不意にアベ君と視線が合って、むっとしたような顔をされたけれど。
その後、すごく優しい笑顔をくれた。





「ハマちゃん、もう助手じゃないって言ってた」

「あぁ、そうだっけ。忘れてたな」


話をしながらオレ達は、ラボラトリーの最奥に向かっている。
知らない場所だから、オレはアベ君従うだけだ。


「誕生日知ってたら、プレゼント持って来たのに な」

「やんなくて良いよ、それでなくても高いメンテ料払ってんのに」


アベ君は突き当たりの扉の前で、右手にあるダイヤルに暗証番号を打ち込み、自分のIDカードを読み取らせた。
扉が軽い音をたてて開く。
中は、中央にコンピュータが5台ずつ向き合って並んでいるだけの小部屋だ。
冷えた古い空気で、ここは通常作業に使用していないことが分かる。


「オレが渡したいもんはこっち」


そう言って、アベ君はコンピュータの更に奥に置かれた小さな金庫の前に屈み込み、再度自分のIDカードを読み込ませる。
金庫は簡単に開いた。
そこから取り出してオレに差し出したのは、1枚のメモリーカード。


「お前の小型端末なら見られるよ」

「これ、は……?」

「ドール『アベ タカヤ』の所有に関する契約内容の全て」

「契約―」


ドールには必ず契約書がある。
けれど、こんなに厳重に保管されていたってことは―。


「この契約はあまりにも特殊だ。
だから、お前が自分の意思で行動できる年齢になるまでは、こうやって保管することをルリ達と決めた」

「お母さん達……」

「遠征が危険であることは承知してたから、もしものことを考えて、な。
…本当は、昨日の晩まで決心つかなかった。
もっと後でもいいんじゃねぇかって。
でも……、それはオレが逃げているだけだって気付いたから」

「アベ君…が?」

「お前はもう自分の道を決めていける。
なら、オレのことも知る権利があるし、これからをどうするかもお前の自由なんだよ」


オレの自由―。
言葉にするのは簡単だ。
けれど、その重みは計り知れない。
本能でそう感じた。

コンピュータの前に置かれた椅子に腰をかけ、カバンから小型端末を取り出す。
手が震えている。
ずっと知りたかったことがこの中にあるのだろうに、いざ目の前にして恐れている。
たった1枚のメモリーカードに、自分達の未来がかかっているようで…。


「入れてやるよ」


アベ君がオレの手からメモリーカードを取り上げて、小型端末に差し込む。
端末は瞬時にデータを読み込み、ディスプレイにその内容を表示した。

恐る恐る見たディスプレイには、ごく一般的な契約内容が映し出されていて拍子抜けしかけたが、通常の倍はあるページ数を見て息を飲んだ。
恐らく前半に一般内容が記載され、後に特記事項があるのだろう。


「一人が良いなら、外で待ってるけど―」

「ダメ!…ご、ごめん、なさい。
……ここに いて」


慌ててアベ君の手を掴む。
でないと、総てを知った時に世界が豹変していそうで。
とても怖い。

アベ君の温度で、自分の手の冷たさを知った。
アベ君も察して、隣に座ってくれる。


「半分は一気に飛ばして良い。
重要なのは後半からだ」


予想通りだ。
オレはページをジャンプさせ、アベ君のストップの声を聞いた所からゆっくりスクロールさせた。






長い内容だったけど、概要は理解できた。
理解できたけれど、心が追いつかない。
泣きたいくらいなのに、いつものように涙が出てこない。


「…つまり、オレ は………」


せめて、言葉にしなきゃ。
きっとオレは目を背けてしまう。
真実から逃げないと決めたのなら。

ちゃんと向き合え―。


「………アベ君の、ホントの所有者…じゃないんだ ね」


強い疲労で力が入らず、無意識にアベ君に凭れかかった。


「レン…」


アベ君はオレをしっかり受け止めて、肩を抱いてくれる。
けれど、アベ君の体温でいつもなら訪れる安心感は、今は得られない。
ただ、苦しくて痛い。
それでも、聞かずにはいられない。


「アベ君の、正統な所有者 は…誰………?」


オレの肩に回したアベ君の手に、力が込められる。


「………亡霊だよ」

「亡、霊……?」

「『アベ タカヤ』とい名の亡霊だ」






071117 up

(110924 revised)




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