[携帯モード] [URL送信]

DOLLシリーズ
過渡期

シュウちゃんが『ロスマリン』へ旅立つ前夜にくれたメール。
それはいつものようにとても優しくて、オレは嬉しくて辛かった。

アベ君やシュウちゃんはこんなに優しいのに。
オレはどちらの優しさにも報いることができずにいる。

明日から新しい生活を始めるオレはきっとこの先、今以上に二人の優しさに救われるのだろう。

眠りに落ちるまで、頭の中をシュウちゃんのメッセージが何度も過ぎった。


―いつもオレは、レンの味方だから―






カレッジのレクチャーが始まるとアベ君の言っていた通り、どんどん忙しくなった。
オレは2回生のカリキュラムから始め、研究は院生にまじって取り組む。
今まで通っていたスクールと違い、浮いた存在にならなくてホッとしたけれど、その分容赦なく対等に扱われてしまい、相変わらずコミュニケーション能力に乏しく動作のトロいオレには、毎日が時間との勝負だ。

帰りは大抵夜の9時か10時で、酷い時は日付が変わっていた。
日曜以外に休みなんてほとんど無くなったけれど、大して気にならなかった。
アベ君の心配を余所に、オレは研究に没頭した。
ただ、深夜になると必ずアベ君がステーションまで迎えに来てくれるから、それが申し訳なくて…。

帰宅後は、就寝までの僅かな時間を、アベ君に関するデータの調査に充てる。
早く自分の中で情報を整理して、アベ君に聞くべきこととそうでないことを分け切ってしまいたかった。

そうやって、研究と調査だけで日々が過ぎていく。

必然的にアベ君との会話は減った。
別段、互いの雰囲気が悪くなることは無い。
ただ、アベ君との時間が減っていくだけ。


それでも構わなかった。
むしろ、その方が良いと思った。
余計な想いを募らせずに済むから。

コントロールできない感情なんて、誰かを傷付ける想いなんて、消えて無くなってしまえばいい。
オレだって傷付かずに済む―。



いつの間にか秋が過ぎ、北風が冬の訪れを告げた。
朝、部屋にアベ君が用意してくれた手袋とマフラーを見て、オレはそのことにようやく気付く。

オレの大切な人が生まれた季節が始まる―。





「来週、土曜は早く帰る から」


オレは、忙しく朝食を摂りながらアベ君に告げた。


「来週?……良いよ、研究あんだろ」


アベ君はカレンダーを見て、眉を顰める。


「違うよ、オレが 早く帰りたいんだ」

「どうせ、その日はオレのメンテもあるし。
別に翌日の日曜で良いじゃねぇか」

「オレが ヤなんだ」

「………頑固なヤツ。
勝手にしろ」


アベ君はそう言ったけれど、怒ってはいなかった。

そう、来週の土曜はアベ君の誕生日。
絶対に忘れることのない大切な日だ。

アベ君は、オレの誕生日にはケーキと御馳走とプレゼントを必ず用意して祝ってくれた。
オレは、アベ君に『おめでとう』と言ってもらえる誕生日がとても嬉しくて、いつも待ち遠しかった。
けれどある時、アベ君の誕生日を知らずにいたことに気付いて聞いたみた。
そうしたら―

「オレ達は産まれるんじゃなくて造られるんだから、誕生日なんてない」ってアベ君が言って。
それがすごく悲しくて。
泣き出したオレに、アベ君は困った末にこう言った。


「………12月11日」

「う…?……じゅう、に?」

「12月11日、オレが初めてこの家に来た日」


その日から、ここでの生活が始まったから。
だから12月11日だって、アベ君は言ってくれた。

オレの為に作ってくれたアベ君の誕生日。
だから、どんなことがあってもその日は一緒に過ごすんだって決めている。

今年もお祝いしよう、プレゼントを用意して。





アベ君の誕生日の前夜、オレは自分なりの結論、というか推測を固めた。
アベ君に聞くこともある程度まとまった。

ただ一つだけ、聞くことを躊っていることがある。
70年前の『アベ タカヤ』少年の事件。
関係があっても無くても、アベ君が知っていることなら良い。
もし知らないことだったら。
しかも、アベ君自身には教えられていない事実がそこにあったとしたら…?

アベ君を不安がらせたくない。
けれど、この事件の関連の有無で方向性は大きく変わるはずだ。

オレは悩みながら、ディスプレイに一枚のフォトを映し出した。
どこかのラボラトリーで撮られた、白衣の青年の古いフォト。
どこで見たのだろう。
ネットで探ってみたが、有力な情報は手に入らなかった。
しかし、確かに記憶にはある。
もしかしたら、お母さん達のフォトを見ている時に目にして、無意識に覚えていたのだろうか。
彼に関しては、アベ君に聞いてみるつもりだけど…。



70年くらい前に国内にあったドールに関する大きな組織は、世界最大手のARCグループ、次いでトウセイ・ラボラトリー、ムサシノ・カンパニー、そしてカスガベ・ラボラトリー。
この内、現存するのはARCグループとカスガベ・ラボラトリー。

ミホシ・ラボラトリーは、それらより後れて設立された。
にも関わらず今や引けを取らぬ大手となれたのは、ミホシ・ラボラトリー創設直前に起きたトウセイ・ラボラトリー炎上事件が関係する。
全焼した施設の再建を断念したトウセイ関係者の精鋭を、ミホシ・ラボラトリーが招き入れたのだ。

ちなみに、ムサシノ・カンパニーは監理局による粛正で、タカヤ少年の事件の前月に解散命令が下った。
その際、トウセイ・ラボラトリーも指導を受けている。
原因は、どちらも「DOLLに於ける倫理及び安全衛生規程に抵触した」こと。
抵触に当たった内容の詳細に関しては、当時から公表されていない。
ムサシノ・カンパニーは再三の勧告及び警告を無視し、解散命令が出るに至ったのだ。

タカヤ少年の事件が起きた前後に、大手の組織が二つも壊滅したことになる。


「関係ある、とも思えない けど…」



無駄に推測を広げてしまった…。
止めよう。


時計は11時を超えている。
オレは飲み物を取りに、リビングへと降りた。
そこであまりにも珍しい光景を目にして、オレは一瞬パニックに陥りかけた。

アベ君がリビングのソファで居眠りをしているのだ。
ドールだってそれくらいするけれど、けれどアベ君がこんな時間に居眠るなんて珍しい。

故障…じゃないよね。
やっぱり疲れてるか、体調がどっか悪い、のかな―。
今でも疲れたような顔、するし。

とにかく、このまま寝かせていては風邪をひかせてしまう。


「アベ君、起き―」


そう声をかけようとして、オレは停止してしまった。
アベ君の唇が微かに動いたからだ。
そこから小さな声が漏れてきた。


「…モト…キ……さん………」


モトキさん―、誰?


ドールが寝言を言うのは夢を見ているからではない。
生活上で得たデータ、つまり人間でいうところの記憶を睡眠中に整理していく。
それは、新しいモノだけでなく古いデータもだ。
データの整理は、例えば山積みになった書類の束をファイリングしてラベルを付けていく作業に等しい。
しかも、データは破棄されずに圧縮させて、機能停止まで完全保存できる。
その整理過程で、時折こういう現象が見られる。
原因は解明されていないが、ドールにとって潜在的に重要と認識したデータを整理する際に起きるのでは、と現在は推測されている。

オレは長い間アベ君と居るけれど、初めて見た。
しかも、今までアベ君がしてくれたどの話にも出てこなかった名前。
昔、関係のあった人だろうか。

どちらにしても、きっと縁が深い人なのだ。


「アベ、君」


オレはアベ君の肩をそっと揺する。
アベ君はすぐに目を覚ました。


「………げっ。
オレ、もしかし…、なくても寝てたか」


アベ君は額に手をやり、大きく息を吐く。
その目はまだ此処でない何処かを見ていた。
オレは温かいお茶を淹れて、アベ君に差し出す。


「夢、見てた…?」


自然に聞けた自分に、ちょっと驚いた。


「ユメ?………ああ、『夢』ね」


アベ君はゆっくりとお茶を口に運ぶ。
多分、オレに何て言おうか考えている。


「…もうすぐ明日になっちまうな」

「え?あ…、そ だね」


もうすぐ、アベ君の誕生日だね。


「ルリは―」

「へ?」

「お前の母親は、お前と真逆のこと言ってた」

「?」


オレの頭はアベ君についていけず、フリーズしかけている。


「よく似てんのに、たまに全く似てねぇよな。
お前には半分ユウトの血が流れてる、からかな…」

「………アベ、君?」

「―ルリは、オレの誕生日なんて無くていいって言ったんだ」

「?!」


そう言って、一呼吸入れるように再びお茶を飲む。
アベ君の目が優しい。
きっと、お母さんのことを思い出しているんだ。

でも誕生日が無くていいって、どういうこと…?


「明日、何時くらいに帰ってこられる?」

「え?う…と、あ…昼過ぎ には…」

「そか。
じゃ、途中ラボに寄れよ」

「ラボ…?」

「メンテも、それくらいには終わるだろうし。
誕生日祝ってくれる礼にはなんねぇけど。
渡したいもんがあんだ」


アベ君はなんだか楽しそうに笑って。
オレの頭をポンポンと二度軽く叩いて、バスルームへと向った。

オレに渡したいモノなんて想像つかないけれど。
それでも、アベ君がオレにくれるモノなら何でも嬉しい。


「―楽しみにしてる よ」


もう聞こえないけれど、見えなくなったアベ君の背中に呟いた。






お母さんが何故アベ君の誕生日をいらないなんて言ったのか、その後間もなく知った。
オレとお母さんは似てないんじゃない。
選んだ道が、選んだ人が、違っていただけだったんだ。
でも、オレもお母さんも後悔はない。
自分で決めたことだから。

アベ君。
オレは君を選ぶことができて、とても幸せだったよ―。




071114 up

(110924 revised)





[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!