アベミハ獣医シリーズ(完結)
嫉妬
「いー加減にしろよ、もう終わるぞ。
ったく、飲むなって言ったのに…。
お前、あの先生送ってかなきゃなんねぇんじゃなかったのか?」
そう花井に言われなければ、オレは一人になっても延々と飲み続けていたかも知れない。
返事をしようと思ったが、呂律がうまく回らなくて、かなり酔ってしまったことに今更ながら気が付いた。
席を立つにも、どこかに手を付いていなければ態勢を保てない。
「あ、阿部君っ、どうしたんだ?!」
ようやくヤツはオレのことを思い出したのか、慌てて駆け寄ってきた。
平常心でいられたのなら、それは嬉しいことだったと思う。
けれど、僻みや妬みでそんな気持ちはこれっぽっちも湧き上がってはこない。
むしろ、今の今までオレの存在を全く気にしていなかったことにムカついていた。
「うっせーな、何でもねぇよ」
「阿部君…、もしかして酔ってる のか?」
意外と言わんばかりに、目を丸くしてオレの顔を覗きこんでくる。
いつもならすぐに目を逸らそうとするのに、こういう時に限ってしっかりと視線を合わせてくるから、オレの方が気まずくなって顔を背ける。
「阿部君、帰りはオレが運転して 送ってくよ」
「先生、そんなことなさらなくて結構ですよ!
先生のお車はこちらで手配しますし、こいつはオレが送っていきますから」
同業者ではない花井だったが、事情は知っていたので慌てて中に入ってくれたが、ヤツは丁重に断った。
「い、いえ。
いつも、彼にはお世話に、なりっ放しで…。
その、今日くらいは、オレが運転 させてもらいます」
その後、何度か押し問答があったが、結局花井は折れた。
「阿部、明日はちゃんと先生にお詫びしとけよ」
オレをロビーのソファに座らせたアイツが車をまわしてもらうよう頼みに行った隙に、花井はお小言をもらす。
とりあえずは返事をしておいたが、「大きなお世話だ」と危うく喉元まで出掛かっていたりした。
その後、花井は水谷から二次会の取り仕切りを頼まれているとかで、オレを心配しながらも会場に向かった。
オレは、最初からヤツを送っていく予定だったから欠席ということで、水谷によろしく伝えてくれと頼んで見送った。
一人になって、ようやくいろんなことを思い起こす。
新郎の水谷には悪いことをしたな、と今更反省してみたり、本当にアイツの運転は大丈夫かなどと考えてみたりして、少しずつ冷静になりかけた時だった。
「あんたが、廉んとこのMR?」
頭上から声がしたので顔を上げると、そこにはいけ好かない猫目の男が営業用スマイルを浮かべて立っていた。
オレはというと、いかにも酔っ払いとう体であることは既に自覚しているから、格好悪くて顔を逸らしてしまった。
「あ、どうも…」
「阿部さん、だよね。
さっき、廉から聞いたよ」
レン、レンて煩ぇよ。
わざとオレにそう言ってんのか。
また、頭が沸騰しそうになる。
「オレは、叶。
廉の級友なんだ、仕事はアイツとは全然違うけれどね」
人当たりのいい話し方で、オレの向かいのソファにゆっくりと腰をかけた。
「廉のヤツ、結構君に世話かけてんだって?」
「……別に、」
「側から見てて、ちょっと危なっかしいもんな。
いろいろありがとな」
なんで、あんたに礼を言われなきゃないんだ。
あんたはアイツの何だってんだよ。
などと聞けるはずもなく、情けない事に「はぁ」と返すくらいしかできなかった。
「篠岡が居なくなったら大変になるかもだけど、本人は頑張るつもりみたいだ。
また、あんたに世話をかけるかもしれないけれど」
「………」
「大きな支えが無くなって、ホントはアイツすごく辛いんだと思う」
は………?
「あの、」
「ん?」
心底癪だったが、アイツの内情を知るにはきっと手っ取り早い方法ではあるから、オレは妥協して猫目の男に尋ねる。
「篠岡、さんと、……その、センセイは、」
「あぁ、あの二人は高校時代のクラスメイトだよ」
「?!」
知らなかった。
そんなこと、二人のどちらも話したことはなかったし、水谷からも聞いたことは無い。
アイツも、知らないことなのだろうか。
胸の辺りに、じわじわと不快な熱が込み上げる。
「あいつら、会った時から意気投合してさ、」
「……もしかして、二人は、その、」
「え?」
「阿部君、お待たせ」
「あ…」
どうしてこうもタイミングが悪いのか。
何も知らないヤツは、へらっと笑いながらやってきた。
「大丈夫?気分悪くない?」
「……別に、何ともねぇよ」
二人だけなら、ちょっと甘えてもみたりしたかもしれない。
けれど、目の前ではいけ好かない男がこちらを見ている。
変に意地を張るしかなかった。
「シュウちゃん、オレ帰るね」
「ああ、またな。
ガンバレよ」
「うん、シュウちゃんも」
二人は固く握手を交わして別れた。
オレはというと、ヤツの手だけは借りたくないと思ったが、結局一人では立てずに、車まで支えられる事になってしまい、格好悪いことこの上なかった。
ドアマンにまで介助されて、どうにか助手席に乗り込む。
「阿部君、気分悪くない?
ゆっくり、運転するからね」
気遣う言葉は逆に情けなさを増幅させるだけで、オレは返事すらできずにただ目を閉じていた。
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