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アベミハ獣医シリーズ(完結)
焦燥



「阿部君、しっかりして。
あと少し だから」

「………あんたって、ホント何も分かってねェよな」

「え………?」



八つ当たりでしかないオレの愚痴に、鈍感なヤツも少しうろたえたりしたのが、なんだか気分が良い。
けれど、これくらいで先程までのフラストレーションが解消されるわけもなかった。



「あべく…、ど したの?」

「どうしたか知りたいの、あんたは?」



酔っていたのは本当だ。
足が縺れるくらい、理性なんて消えてしまうくらい、嫌になるくらいアルコールを呷って、ただ我儘を言って困らせたかった。

あんたが悪いんだ。
何も気付かないで、ヘラヘラ笑ったり、簡単に泣いたり、たまに縋るような目で見て、オレん事惑わせて。

衝動に似た感情が、溢れて止まらない。

そう思った時には、ヤツを無理矢理押さえ付けていた。





水谷に招待された披露宴は、こじんまりとした新しいホテルの宴会場で行われた。
身内と親しい友人数名ずつくらいしか呼んでいないらしく、比較的アットホームな宴。
オレはその時間中、ずっと苛々しながら過ごすことになる。
うっかり、新郎の水谷をビビらせるくらいに。

最初に気に入らなかったのは、あの大の人見知りがある男にべったりだったことだ。
会場に到着するやいなや、ヤツは「あ、」と声をあげて呆然としていた。
何かと思えば、猫目のいけ好かないマスクをしたスーツ姿の男が立っていて、片手を上げて「レン!」と呼び掛ける。
まず、名前呼びということに無性に腹が立った。



「し、シュウちゃん!なんで?!」

「なんでも何も、篠岡のおばさんとオレの母さんが昔からのダチでさ。
オレも腐れ縁で呼ばれたってわけ」

「そ、なんだ」

「元気だったか…?」

「うん」

「…ちゃんと、やってけてんだ」

「篠岡さんの、おかげ だよ」

「そっか…」



なんだろう、この空気は。

まるで、第三者のオレを拒絶しているようにさえ感じる親密な雰囲気に、オレの苛立ちが更に増した。



「これから、大変だな」

「…大丈夫、だよ」

「なら、いーけど」

「………シュウちゃん、」



次の瞬間、オレは目を疑った。
確かにヤツは、自ら猫目の男の胸に顔を埋めたのだ。



「良かったな、篠岡が幸せになれて」



まるで慣れたことのように、その男はヤツの明るい髪を撫ぜる。
ヤツは、男の胸の中で何度も頷いていた。

篠岡が幸せになれたのは、確かに上司として嬉しいことだろう。
しかし、大の男が泣くほどではないと思うのはオレだけだろうか。
それとも―



「新郎、さっき見たけど、いーヤツそうじゃん。
ちょっと頼りなさげに見えなくもないけど」



猫目の男がおどけたように言うと、ヤツもようやく顔を上げて笑った。



「そんなこと、ないよ。
水谷君は 優しくて、良い人、だよ」



「そうだよな、篠岡が選んだヤツなんだもんな」



オレは、すぐにでも間に入ってこの空気をぶち壊したかったのに、正当な理由を見つけられずに、ただ立ち尽くすしかなかった。

披露宴が始まると、オレとヤツの席は当然別のテーブルで、フラストレーションに拍車がかかる。
ヤツは猫目の男に、いつもは見せないような顔でずっと何かしら話をしていた。
内緒話をするかのように、顔を寄せ合って小声で談笑することもあったりして、オレはそれを横目で観察しながら、苛立ちを抑える為と半ば自棄もあって、周囲の制止も聞かずにビールを何度も口にした。
テーブルに新郎新婦がやってきた時もオレは上の空で、「今日の主役、一応オレなんですけど」と水谷に茶化されたりもしたが、ちっとも笑えない。
周囲からは、場違いな最低な奴にしか見えないだろう。

けれど、ヤツはそんなオレにちっとも気づいていない。



やがて、ヤツのテーブルに水谷と篠岡が近づいていった。
先ほどの猫目の男との会話を聞いてしまっていたオレは、既に人妻となった女だというのに、ヤツと何を話すのかと気になって仕方がなかった。
間に一つ入ったテーブルが、これほどの障害物に感じたのは初めてだ。
どうしようもなくて、とにかく二人の口の動きに注視した。

しかし、どうしたことか。
二人は、ほんの少し目を合わせて微笑み合っただけで、すぐに新郎新婦共に別の客の元へと移動したのだ。
逆に言葉を交わさないことに、そして深い想いが滲んだ笑みに、強烈な嫉妬を覚えた。

猫目の男も、篠岡も、今のオレには神経を逆撫でする存在でしかなかった。
今まで、アイツの周囲の人間関係をいくつか見てきたけれど、あそこまで打ち解けた感じは、多分なかった。
特に、篠岡との接し方なんかはずっと見てきたはずなのに、今日の二人はいつもと全く違う空気を持っていたのだ。

焦燥感は募る一方だった。



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あきゅろす。
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