アベミハ獣医シリーズ(完結)
予兆
二人して車に乗り込むと、今度は助手席と運転席との距離が意外に短いことに、またもやオレは動揺する。
まるで、ネクタイを結び直したシーンをリフレインするような感覚。
(〜〜〜何考えてんだ、オレは?!)
オレはステアリングに突っ伏しそうになった。
「阿部君、どっか具合 悪い?」
「………悪かねぇよ」
「オレ、運転代ろうか?」
「あんたは、そこでメシ食ってろ。
前のボックス開けて」
これ以上近付く訳にもいかず、目の前のグローブボックスから自分で取り出すように指差して言った。
「……あ、これ大豆バーだよね。
うぉっ、イチゴがあるっ」
中から出てきたいくつかの栄養補助食に、子供のように目を輝かせながら手に取る。
大して旨いものでもないが、空腹を抱えるよりかは幾分マシだろう。
「好きなの食っていーから」
「阿部君、イチゴ好きなの?」
「は?なんで?」
唐突に思いがけないことを尋ねられて、不埒な方向へ向かっていた意識が食い物に方向転換させられた。
「イチゴだけ2本、ある」
「それは………、たまたまだよ」
「そ、そっか」
ヤツは予想通り、イチゴの大豆バーを選び、嬉しそうに口に運ぶ。
思い出した。
この間、買い物した時に買ったんだ。
適当に種類を選んでいたはずなのに、苺のバーを見た時、コイツの顔が何故か浮かんだ。
なんとなく、これが好きなんじゃないか、なんて馬鹿なことを考えて、2本手に取る自分が恥ずかしかったけれど、陳列台に戻すのも気が引けて、そのままレジに持っていったのだ。
ダメだ。
今日は、調子が狂う。
「おいしいっ」
「……そりゃ、良かった」
瞬く間に一本食べきったヤツに、いくら食べてもいいからとだけ伝えて車を発進させる。
この後、一日中調子が狂いっ放しになるなどとは思いもしないオレは、とりあえずは無事に隣の脳天気な男を目的地に送り届けることに専念しようと、馬鹿みたいに懸命に努めることになった。
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