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アベミハ獣医シリーズ(完結)
心願



男が何度も礼を言いながら帰ったあと、ヤツは処置を施してから、貰い受けたミックス犬を自分の部屋に連れて行き、毛布で包んで寝付くまで頭を撫でていた。
オレは、キッチンでココアを二人分淹れる。
ココアは好きではないのだが、空きっ腹にコーヒーを入れるのは少し抵抗があったし、ヤツの好きな飲み物だったから、礼と詫びの気持ちからそれを選んだ。
部屋に運んで差し出してやると、おとなしく受け取ってくれてほっとする。
一口のんで、「美味しい」と感想を述べるヤツの隣に、何でもない風を装って座ってみた。
逃げも避けもしない様子に、改めて胸を撫で下ろす。



「寝たか?」

「うん、気持ち良さそう」



そう言って、うくくと笑う。
ああ、そんな風にいつもオレの隣で幸せな顔をさせたいのに。
また、そんな愚かな願望が頭を過る。



「…なんで、引き取ったんだ?」

「動物、好きだから」



先ほどと同じようにシンプルに答えるヤツの視線の先では、言葉通り安らかな寝息をたてるミックス犬が居る。
どうにもやるせなくなって、オレはヤツの肩に頭を預けた。
少しだけ身体を揺らすのを感じたが、やはり逃げずにいてくれる。
柔らかい髪から、朝と変わらぬ甘い香りがした。



「阿部、君…?」

「……さっきの、怒ってる?」

「え…、あっ、ひ、秘書さん、もオレも、びっくりしただけ、だよ?」

「……じゃなくて、」

「う?」

「………もういい」

「???」



その反応も傷付くよな。
そんな勝手なことを思って、苦笑する。
けれど、もし、オレを気遣ってそういう態度をとっているのなら、それはそれでもっと甘えてしまいたくなる。
ついでに、オレの全部を許してくれないかな、なんて願ってしまう。

ヤツの温度を感じたくて、更に深く頭を擡げる。
また、微かに震えるように身体が動いたが、それでも逃げはしない。



「疲れ た?」

「…ちょっと」



白い手が俺に近づくのを感じたが、何かを躊躇うように再び離れていく。
その戸惑いが意味するものを、オレは知らなくてはいけない。
どんなに言い訳を並べ立てても、自分の想いをぶつけてしまった以上、答えを聞かずにはいられない。



「あの、さっきのベッド、使っていい よ?」



少し甘ったるい優しい声が、頭に降り注ぐ。



「ずっと?」

「え…?」



オレがもし犬だったら、ずっと傍に置いてくれるだろうか。
さっきのように、優しく頭を撫ぜて笑ってくれるだろうか。



「なぁ、オレんことも飼ってよ」

「へ?」



心底驚いたみたいで、声が裏返っている。
オレが真剣に言っていること、オレが本当に伝えたいこと、ほんの少しでもいいから分かって欲しい。



「あんたの言うこと何でも聞くから、ちゃんとイイコにしてるからさ。
オレを飼ってよ」



格好悪いと自分でも自覚している。
けれど、あんなことをしておいて歯の浮くようなセリフを口にしても、無意味な気がした。
それに、コイツに飼われるのならそれも悪くない、と思っているのも事実だ。
もし、こんなことで承諾してくれるのなら、プライドも何も要らない。



「阿部君…、まだ 酔ってる、のか?」

「生憎、素面みたいだ」



ヤツの呼吸が、途切れ途切れになるのが聞こえる。



「ふ、ふざけてる のか?」

「かなり真剣なんだけど」



今度は、肩が小さく揺れた。
オレはヤツの肩に顔を埋めたまま、背中を抱き寄せる。



「オレ、人間なんて…飼ったこと、ない よ」

「オレも、飼われたことねぇよ」



そう返すと、笑う空気を感じたと同時に涙が落ちる気配を感じた。



「じゃ、オレ、いろいろ勉強 しなくちゃ、だ」

「何を?」

「一緒に 幸せになれる、飼い方」



伸ばされた白い手は、今度こそ躊躇うことなくオレの肩に回され、きつく引き寄せられた。
今度は、オレの呼吸が止まりそうになる。
泣くところまで一緒だとか思われたくなくて、けれどヤツの気は逸らしたくなくて、くすぐるように何度も項に軽いキスを繰り返す。



「あ、あべ、くんっ」



急に慌て出して耳朶も首筋も赤くなっていくけれど、離してなんかやらない。
とりあえず、オレの泣き顔が完全に消えるまでは。



fin−




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あきゅろす。
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