アベミハ社会人シリーズ
4)
〜present for you〜
パーティーは18時からなので17時半には職場を出ようと決めた3人は、それまで残業をして過ごしていた。
そんな中、三橋只一人が落ち着かない。
「…早く行ってきたら?下の会議室にいんだろ、阿部」
「う、………。そ…なんだ、けど…」
来週のプレゼンの準備で、昼過ぎから阿部の部署は会議室とこのフロアーとを何度も往復していた。
特に、阿部は今回のプレゼンでリーダーを任されているらしく、チェックと指示に追われている姿を三橋は見ている。
「忙しそう、だから…邪魔になる…」
「んなこと言ってたら、時間になっちまうぞ」
「うぉ〜い、会議室の準備終わったってさ!」
ドリンクを買いに通路に出ていた田島が戻ってきた。
「さっき、何人か帰ってきてたぞ。最後は阿部が片付けチェックして終わりだって」
「待ち伏せしかねぇな」
「ま、まちぶせ…?」
泉の提案はもっともだが、そんな器用な真似は到底自分にできないと三橋は思った。
「多分、上司と詰めの打ち合わせが終われば会議室から出てくるから、そこを狙え」
「む、ムリっ!です…」
「田島、オレと三橋のタイムシート入力しといて」
「え〜っ、暗証番号知らねぇぞ」
「お前と一緒でキーボードの裏に貼ってるよ!
三橋、阿部に渡したらカニ鍋直行だから、荷物全部持て」
「ふぇ?ぜ、全部…て……あわわわっ」
「田島、現地集合な!」
「おう!三橋、頑張れよ〜!」
田島に応える間もなく、三橋は泉に引っ張られるようにフロアーを後にした。
「いっ、泉君、あ、の…」
相変わらず三橋を引っ張って非常階段を降りていく泉に、三橋は翻弄されるばかりだ。
「三橋、アイツが良いヤツかどうかはともかく、大丈夫だから」
力強く三橋の手を引く泉は先程もそう言っていたが、何が大丈夫なのか三橋にはさっぱり分からない。
ただ、自分を励ます為に言ってくれているのだろうか。
「いいか、チャンスが来たら絶対に行けよ。
オレは先に店に行くから、三橋は気にせず言いたいこと言ってから来い。
もし、来れなくなるようなことがあったら、メールくれたら良いから」
「………い、泉、君…」
「ん?」
泉は会議室近くの非常階段の扉を開けて、フロアーの通路を確認しながら三橋に応える。
廊下には数人の男性社員がいたが、エレベータで上っていくところのようだ。
恐らく、阿部はまだ会議室にいる。
「泉君は…その、…なん で……そこ、まで…」
「田島もやってんじゃん、役割が違うだけだよ」
「でも…」
「三橋、」
「う?」
「お前が嬉しい時は、オレらも嬉しいよ」
「え?」
「だから………、頑張れ!」
「う、わぁっ!」
急に泉に背中を押された三橋は、転がりそうになりながら通路に飛び出すような格好になる。
慌てて振り返ったが、既に非常階段への扉は閉まっていた。
「…何やってんだ、お前?」
「?!!」
三橋は、背後からの声に身体を飛び上がらせた。
「こないだのエレベータの時といい、もうちょっと気をつけろよ」
そう言って阿部が覗き込むように顔を見るから、三橋の頭と顔が沸点に達する。
「大丈夫か?」
「あ………あっ、はっ、はいっっっ」
他に言葉が出ない。
呼吸がちゃんとできているかも怪しい。
「で、ここに何か用か?」
阿部の質問はもっともだ。
このフロアーには会議室しかないのだから、三橋の用事なんてある筈がない。
「あ、あの、あ…ぷっぷぷぷ………んと…」
「??もしかして、桃枝課長に用事か?」
三橋は、千切れんばかりに首を横に振る。
「………じゃ、オレに用があった?」
「え?あ…あのっ、そ…、れは………」
その通りだと言いたい。
けれど、プレゼントを渡すのが怖い。
受け取ってもらえなかったらどうしよう。
これで嫌われてしまったら―。
「三橋―」
阿部が声をかけたその時、ポケットからバイブ音が響いた。
「あ、悪ィ」
阿部は急いでポケットから携帯電話を取り出したが、画面表示を見た途端に苦い表情を見せた。
しかも、舌打ちした後にそのまま切ったのだ。
三橋は驚いた。
阿部の行動が理解できない。
「あ、の…電話、」
「あ?あぁ、良いんだ、何でもない」
優しくそう言うけれど、阿部の辛そうな顔はそのままだ。
胸が急に苦しくなる。
何があったのか分からないが、今すぐにその苦痛を取り除けるものなら、どうにかしてあげたい。
しかし、今の三橋には、それだけの情報も器量も持ち合わせていない。
無力な自分が、酷く情けなく思った。
「………ど……して………」
「?!お、おい!なんでお前が泣きそうな顔してんだよ?!」
「え…?」
三橋は今、自分がどんな顔をしているか分からない。
そんなことより、阿部の悲しげな顔を見るのが苦しい。
「…さっきの電話は良いんだよ。
もう出ないって言ってるから…」
「で、でもっ!」
「?」
「傷 付いた、みたいな顔…してる……」
阿部の頬に右手で触れる。
冷たい。
それが、阿部の哀しさを表しているみたいで、更に胸が締め付けられる。
三橋の言動に、阿部は驚いたように目を見開いていたが、やがて三橋の手に自分の手を重ねてゆっくりと下ろした。
「傷付いたヤツがいるのなら、それは向こうの方だよ。
オレは自業自得だ、…自分が望んだことだから」
「阿部君、が…?」
「自分に嘘を付けなくなったから、オレが変わってしまったから。
だから、オレが悪いんだ」
「そのヒトを…キライ、になった…て…コト…?」
「ちょっと違うけど、同じようなもんなのかな…。
少なくとも、きっと向こうはそう思っているよな」
阿部はまた苦しそうな笑みを浮かべる。
(どうしよう。オレには、何もできない。
泉君が『大丈夫』って言ってくれたのに、田島君が『頑張れ』って言ってくれたのに。
オレは−)
「あっ!」
「うぉっ、ビックリした」
「あ、あのっ」
「ん?何?」
三橋は何かを思い出したかように、カバンを忙しく開け始めた。
「あのっ、こ、コレ!」
三橋が阿部に差し出したのは、深緑の包装紙と赤いリボンでラッピングされた厚さのあまりない箱だった。
「………オレにくれんの?」
三橋は何度も首を縦に振る。
今や、阿部にどう思われようと三橋は構わなかった。
それよりも、阿部の心を悲しいことから遠ざけることができるなら何だって良いと思っていた。
「…ところで、何で?」
阿部に問われて、三橋は我に返った。
プレゼントを渡すそれ相応の理由。
昼休みに泉が何か教えてくれたのに、パニックになって思い出せない。
「それっ、は…その……あ、…く、」
「?」
「クリスマス!だから!」
「………」
言ってから、三橋は心と身体が急降下していくような目眩を感じた。
(お、オレは何言ってんだ!
クリスマスにプレゼント渡せるような立場じゃない、のに―!)
阿部もプレゼントも忘れて逃げ出したい。
本気で悩んでいると阿部の笑い声が聞こえてきたから、三橋は驚いた。
「うぁ、あ…の……」
「いや、悪ィ悪ィ。
オレ、うっかりしてた。そういや、もうすぐクリスマスなんだな」
別段咎めもせず笑ってくれた阿部に、三橋は安堵した。
やはり、阿部にはいつも笑っていてほしいと思った。
「開けていい?」
「えっ?い、今?!」
三橋の返事も待たずに、阿部は器用にリボンと包装紙を外していく。
「………」
「うぅっ、あ、あの…きき気に、入ら な…」
「…お前さ、」
「ご、ごめっ」
「いや、謝るトコじゃなくて。なんでコレな訳?」
「あ、…こ、ないだ………」
「ん?」
「阿部、君 も…持ってなかった…から……」
「あぁ、それで。…で、お前は?」
「へ?」
「ちゃんと持ってきてんの?」
「う、うん!持ってる よ!」
三橋はカバンから白い毛糸の手袋を取り出して、阿部に見せた。
「お、言いつけ守ってんな」
「フ、フヒッ」
「じゃ、オレは今日からコレを使うよ」
阿部は箱から黒革の手袋を取り出し、手を通す。
「へぇ、結構温いもんなんだな」
「へ?」
「あぁ、オレあんまこういうの使わねぇんだよ。気にならないっつーか、」
「えっ、ご、ごごごめ―」
「だから、謝んなって。オレは喜んでんだからさ」
「う?よ、よろ…こ…」
「だから、嬉しいって言ってんだよ!あんま何回も言わせんなっ」
阿部は顔を背けながら、三橋の頭を軽く小突いた。
三橋は何故小突かれたのか分からなかったが、阿部が元気になったみたいだからそれだけで満足だった。
「あ、お前これから何か用事ある?」
「え…?」
「オレ、今日はこれで終わりだからさ。
もし、空いてんなら夕飯食わねぇか?プレゼントの礼に奢るよ」
「で、でも―」
「なんだよ、用事あんのか?」
阿部の言葉を聞いて、泉が言っていたことを三橋は思い出した。
゛来れなくなったら、メールくれたら良いから″
(い、泉君は スゴイ!)
「どーすんだよ。行くのか、行かねぇのか?」
「い、行く!」
「よし。じゃ、先に正面玄関に降りてろよ。
荷物取ったら、すぐ行くから」
阿部にあんな顔をさせた電話の相手が誰なのか。
阿部の背中を見送りながら、三橋は何となく気付いてしまった。
自分にはどうしようもないことだとも分かっている。
だからこそ、今の自分と彼との時間を大切にしたいと思う。
(泉君に、メールしなきゃ)
これからは、いつも阿部が笑っていてくれるように。
そう願いながら、携帯電話を開いた。
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