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アベミハ社会人シリーズ
2)



〜before feel you〜



「寒い日の外出はあんま有難くねぇけど、客あっての仕事だかんな」



そう三橋に言って、阿部は笑った。



帰りのエレベータの中、阿部はこれからまだ得意先に打ち合わせに行くのだと資料の入った紙袋とビジネスバッグを持っている。

三橋は、阿部の仕事が具体的にどれくらい大変かとかどんなプロジェクトを抱えているかなんて分からなかったが、彼の話を聞くのは好きだった。
仕事が好きだということが伝わってくるから、なぜか聞いている自分まで楽しくなる。

自分達以外に誰も乗っていないのがとても緊張するけれど、阿部を独占しているみたいで三橋は嬉しい。
駅の近くまでは同じ道だからと阿部に言われて、更に緊張と喜びが増す。

職場のビルを出ると、冷たい風が三橋たちに吹き付けてきた。
さすがに、12月も下旬にさしかかると寒さが厳しくなる。



「寒い?」



阿部に聞かれて、三橋は必死に首を横に振る。



「ぜ、全然!」

「でも、鼻赤いぜ。子供みてぇだな」



そう言って、阿部がまた笑う。

三橋には阿部の笑顔がいつも優しく輝いて映るから、うっかり見入ってしまいそうになる。
今もそうだ。
阿部と目が合って、慌てて視線を逸らさなくてはいけなくなる。



「あのさ、」

「うぁ、はっ、はいっ」

「…なんで、いっつもそんなに身構えてんの?」

「へ?あ、…え と………」



貴方が好きだからです。

そんなことは、口が避けても言えない。
三橋は誤魔化しの言葉を必死に探す。



「目もすぐ逸らすしさ。…もしかして、オレんこと怖い?」

「う、うぇ?あ、な…なん、で………?」



何故、阿部がそんな風に尋ねるのか、三橋には理解ができない。
今だって、あまりにもの嬉しいシチュエーションに心臓が張り裂けそうな勢いで高鳴っているというのに。

誤解を解かなくては、と三橋は必死に自らのボキャブラリーを駆使して言葉を継ごうとした。



「あ…、阿部く……あっ、と…阿部、サンは……や、優し…くて…、かっこいー、デス………」



それだけを言うのに、200mを全力疾走したみたいに酸欠状態になってしまう。
息切れで更に顔が熱くなったのを気付かれないよう、俯いて顔を隠した。
しかし、阿部が沈黙してしまったことにふと気付いた三橋は、更にパニックになる。



(お、オレ…何かマズいこと、言った、かな?
あっ、も、もしかして『阿部君』て言いかけたの、バレた とか?!)



「ご、ごごごめ―」

「お前さぁ、」

「は、はい?!」

「そういうコト言ってて、恥ずかしくね?」

「え?」



驚いて顔を上げると、阿部は右手で口元を隠しながら視線を泳がせている。
幾分か、顔が赤いように見えなくもない。
が、自分がどんな恥ずかしいことを言ってしまったのか、三橋には見当もつかなくて脳がパンクしそうになる。



「お、オレ…ごめんな、さ…」

「いや、そうじゃなくて…って、な、なんで泣いてんだよ?!」



阿部を困らせたことが悲しくて涙が出てきたのだが、それが更に阿部を困らせてしまったようで、三橋はもうどうしていいか分からなくなってしまった。
追い討ちをかけるように阿部のため息が聞こえて、三橋の肩が無意識に揺れた。



(ど、どうしよ…。今、絶対に呆れられた……)



冷たい頬に急に熱いものを感じて、三橋は驚いた。
阿部が、自分の涙を拭ってくれたのだ。
一瞬のことだったのに、その余韻が体中に広がっていく。
三橋は、呆然と阿部を見上げる。



「あのさ、オレは怒ったんじゃなくて、ちょっとお前の言葉に驚いたっつーか、どちらかっつーと……、いや、それはどうでもいいんだけど。
とにかく、怒ったんでもイヤだった訳でもねぇんだから。
だから、泣くなよ」

「………???」



三橋には阿部の言いたいことがよく分からなかったが、嫌われたのではないと分かり心底ほっとした。



「お前、やっぱ寒いんだろ?」

「え?全然…」



今、阿部に触れられた恥ずかしさや嬉しさからで、身体が熱くなっているのは本当だ。
しかし、そんなことも知らずに阿部は三橋の手を取る。
両手を握られた三橋は本気で驚いた。



「ほら、冷てぇじゃん。てか、お前手袋は?」

「う…、きょ、今日は 持ってない、です…」

「明日っから、ちゃんと持って来いよ。こんなじゃ、風邪ひくぞ」



そう言って三橋の手を離し、コートのポケットから取り出したものを三橋に渡す。



「…か、カイロ?」

「とりあえず、今日はそれで凌げ」

「あ、でも……」

「オレは大丈夫、まだ持ってっから。外回りの時は、必需品なんだよ」



阿部がまた笑いかけてくれる。
途端に全身の熱が温度を上げる。



オレは、本当に、本当にこの人が好きだ―。



三橋は目を逸らすのも忘れて、阿部の瞳に吸い込まれていた。




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